私の知り合いに「馬鹿の山」に登ったきりの人が何人かいるのである。
 「馬鹿の山」というのは、皆さんご存知のように、認知バイアスに関する研究の中に登場する言葉だ。
 英語では「peak of Mt. Stupid」。
 おバカの山の頂上。

 心理学者のデヴィッド・ダニング(David Dunning)とジャスティン・クルーガー(Justin Kruger)が、「なぜ能力の低い人間は自身を素晴らしいと思い込むのか」という研究を行った。
 この時、自身の能力や言動、容姿など様々な場面において、実際の評価と自己評価の間にズレが生じる現象が見られた。
 そこで、これが「ダニング=クルーガー効果」と呼ばれるようになった。
 1999年の研究というから比較的新しい研究だ。
 翌年にはイグノーベル賞を受賞したという。
 権威あるノーベル賞に対し、人々を笑わせるような真面目な研究に贈られるのがイグノーベル賞らしいので、このへんがちょっと引っかかる。

 
 横軸に知識や経験、縦軸に自己評価(自信)を取る。
 【馬鹿の山】最初に少しの知恵を得ると、完全に理解したような気持になり自信にあふれる。
 【絶望の谷】もう少し学ぶと全体が見えてきて、自分の理解は取るに足らないものであると知り、自信を失う。
 【啓蒙の坂】さらに学び続けると、成長を実感し、「少し分かって来た」と自信を回復する。
 【継続の大地】またさらに学び続けると、成熟し、正当な自己評価ができるようになる。

 と、まあ、このような説である。
 最初に述べたように比較的新しい研究であり、必ずしも学説として定着しているかどうかは不明だ。
 調査対象(被験者)はアメリカ人だけだと思うので、自己肯定感が低いと言われている日本人に当てはまるかどうかも不明だ。
 ただ、何となく、ありそうだなとは思う。
 現に、今まで何人もそういう人と出くわした。
 「お前の、その全能感はどこから来ている」と言いたい人たちだ。
 まるで中二みたいな大人。

 駆け出しのちょっとした成果に満足せず、謙虚に努力を続けるべきだ。
 これが一つの理想かもしれない。
 
 自分も何度も経験してきた。
 勉強でもスポーツでも習い事でも、最初は成長スピードが速いものだ。
 それで、「俺って、結構出来るヤツじゃん」という気持ちになる。
 いい気分。
 でも、そのうち成長スピードは鈍化するし、上には上があることを知るようになる。
 そして、絶望の谷へ。
 で、たいていはそこで止めてしまう。
 人生その繰り返し。

 しかし、世の中には馬鹿の山に登ったきり降りて来ない人がいる。
 一生絶望の谷に突き落とされることがないのであるから、ある意味羨ましい。
 いつでも自信満々。
 自信満々だから、不可能を不可能とは思わない。
 良く言えばチャレンジ精神旺盛。
 とりあえず自分には出来ると思ってトライするから、結果オーライで成功を収めることもある。

 そう考えると、馬鹿の山もそれほど悪いことではない。

 だとすれば、思いっきり高い馬鹿の山に昇り切るのも一つの手だ。
 知識や経験を積む過程で、馬鹿の山を一度は昇ることが宿命であるとすれば、山は高ければ高いほどいい。
 中途半端な山に昇って、「自分はまだまだ」などと言っている方がむしろ滑稽であって、大馬鹿の山に昇って、昇ったら最後、一生降りて来ないというのも一つのあり方だ。
 
 時々、なぜ「馬鹿の山」から他人を見下ろしているような人間と付き合っているのかと我ながら不思議に思うが、案外そこに成功の可能性を感じているからかもしれない。