生徒募集について何回か私と情報交換した経験のある先生方は、たぶん一度は聞いたことがあるだろう。
「競争と協調」
いや、聞いたことないぞ。
そうか、そいつは残念だ。
たぶん私の伝え方に問題があるのだろう。
でなければ、「ふん、それがどうした」くらいに受け取られているのだろう。
が、それにもめげず、私は「競争と協調」の重要性を説き続けるのである。
競争の方はあまり心配ない。
公立と私立の間で、あるいは公立同士、私立同士で激しい競争が展開されている。
取り立てて言わなくても、誰もが意識し、実践(実戦か?)している。
問題は協調の方だ。
どうもここへの意識が低いと思われるので、協調の重要性を強調しておきたい。
商店街というものを想定してみよう。
経産省の定義に従えば全国に約1万2千ほどの商店街がある。
そこには多くの小売業やサービス業が集積している。
とりあえずそこに行けば日常のものが大体揃うから近隣の人々は毎日のように出かけて行く。
ちなみに私の親の世代はそうだった。
ついでに言えば、商店街は人々のコミュニケーションの場でもあった。
子供の頃、肉屋や魚屋の親父から聞いてきた話をしばしば聞かされた。
さて、何かの事情で贔屓の八百屋が店を閉めた。
仕方ないから、滅多に行かない別の八百屋に行くことになる。
ライバルが店を閉めたおかげで、残った八百屋の売り上げは上がった。
そのうちに魚屋が店を閉めた。
残った魚屋は儲かった。
と、このあたりまでならまだいい。
だが、こういうケースがポツポツ起きているうちに、八百屋と魚屋はあるけど肉屋がないとか、お茶を飲んで一休みする所がないとか、靴下一足買えないとか、そういう事態が発生する。
で、だったら車でイオンに行こうかとなり、商店街が丸ごと衰退して行くのである。
結果論的に言えば、弱った店はみんなで助けたほうが良かった。たとえそれがライバル店であっても、だ。
いまいちキレを欠くが、これが協調の大切さを示す例えである。
「隣の学校、なくなればいいのに」
まさかそんなことを考えている先生はいないと思うが、隣の学校を競争相手(ライバル)と考えているのは当事者であるあなた方だけであって、お客の側はそういう見方はしていないのである。
どちらも選択肢の一つ。
お客の側からしたら、選択肢はいくつもあったほうがいい。
飲み屋街とか中華街とかと一緒だ。
同業者が近くに集まっているとその分だけ競争圧力が高まり、当事者にとって厳しいのだが、集積しているからこそお客が集まるということもある。
競争相手が消滅し「ポツンと一校」になれば生徒を独占できるかと思いきや、そうはならず、むしろ他の地域にごっそり奪われ、自らも衰退してしまうのである。
だから、競争相手とは協調したほうがいい。
なあなあでやれと言うのではない。
激しく競争しつつ協調するのだ。
同じ市内にある学校、同じ路線にある学校。
これらは競争相手になる可能性が高いのだが、遠くから眺めると「皆さん、同じ船に乗っている」ように見える。
甲板で殴り合っている場合ではないぞ。
というわけなので、先生方。
激しく戦う一方で、手を握るところはガッチリ結んだほうがいい。
共倒れよりも共存共栄だ。
これは綺麗ごとでも何でもない。
実際、企業だって、命がけで戦う一方、協調するところはちゃんと協調しているのだ。
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