自由民主党総裁選。
候補者による公開討論会。
テレビ中継もあったようだがあとでネットで視聴した。
◆耳ざわりな「ありがとうございます」
司会からの質問のほか、候補者同士が相手を指名して質問する方式が取り入れられていた。
最近多い形式だ。
さて、他候補から指名され質問された候補者。
最初の一言は申しわせたように「ありがとうございました」。
ほぼ例外なくこの一言から始める。
ここまでやられると、なんか気持ち悪いな。
ふだん他人に「ありがとうございました」なんて言いそうもない人々だから余計に滑稽だ。
一体、この「ありがとうございます」から始める話し方は、何の目的で、いつから始まったんだろうか。
◆「ありがとうございました」の機能
この一言には、いくつかの意図が込められている。
(1)礼儀・敬意の表明
質問者に対して敬意を示すことで、謙虚さや人間性をアピールできる。
(2)時間稼ぎ・間(ま)
ワンクッション置くことで、回答を整理する時間を稼げる。
「あのですね」、「それはですね」の代わり。
(3)印象操作
感謝の言葉から始めることで聞き手に好印象を与える。
(4)メディア対応
テレビ討論や記者会見では、発言の切り出しが編集されやすい。冒頭に礼儀正しい言葉を入れることで、どこを切り取られても印象が悪くならないようにする。
◆昔の政治家は言わなかった
私の世代は昭和の政治家を見てきたわけだが、かれらは選挙で当選した後を除けば「ありがとうございます」など口に出すことはなかった。
世の中のムードとしても討論や答弁は内容重視であり、感情表現や礼儀の演出については控えめであった。
優しい言葉や、柔らかい言葉よりも、強い言葉が好まれ、そのほうが信念やリーダーシップを印象づけることができた。
政治家の「ありがとうございます」が激増したのは、メディアの変化によるところが大きい。
討論会や記者会見が広くネットで拡散されるようになった。
そのため、政治家の印象(イメージ)が政策以上に注目されるようになった。
人々が政治家に対し、共感や人間性を求める風潮も強まった。
「ありがとうございます」の連発にはこのような背景がある。
◆ビジネス界ではもっと早くから
政治の世界では比較的最近の傾向と思われるが、ビジネスの世界では「ありがとうございます」はもっと早くから蔓延している。
昭和の営業は「押しの強さ」が重視されていた。
ただしこれは、自分自身の体験ではない。
そのころはまだ学校で先生をやっていた。
平成に入って民間に転じた。
バブル崩壊後である。
その頃になると、「押しの強さ」は引き続き重要とされる一方、顧客との信頼関係や営業マン自身の人間力なども強調された。
したがって、体感的には、平成の初期あたりから徐々に、感謝の言葉を繰り返すことで誠意を伝える営業スタイルが定着していったと考えられる。
そして、それが政治の世界でも取り入れられるようになった。
◆生徒にも「ありがとうございます」
平成初期から、営業マン向けのハウツー本やセミナー、社員研修などでも、感謝を伝えることが信頼構築の第一歩と教えられるようになった。
それで定型句として「ありがとうございます」が浸透していった。
企業だけでなく、公務員の世界にも、政治の世界にも広まった。
そうなると時間を経て、教育の世界にも伝わって来るのである。
「ありがとうございます」は、学校にも、教室にも、入り込んできた。
仕事柄、授業見学するケースも多いが、今どきの先生、特に若い先生は、「ありがとうございます」を連発する。
先生が質問する。
生徒が答える。
それに対し先生は、まず「ありがとう(ございました)」と感謝の言葉を述べる。
「生徒が質問に答えたからといって、なんで先生が礼を言わなくちゃならんのだ」
というのは、昭和人間の発想である。
平成・令和人間にはそれが当たり前であって、先生も生徒も何ら違和感を感じないのである。
ちなみに私は、典型的昭和人間であるが、民間企業経験がそこそこ長いので、年の割には「ありがとうございます」には慣れている。
だが、全部の発言を「ありがとうございます」から始めるような馬鹿な真似はしない。

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