今から20年以上前のことである。
 (正確ではないが大体そのくらい)
 某私立高校での教員研修会で「学校に必要なのはブランド力である。人々はブランドで学校を選んでいる。よってブランド価値を高めないと学校の将来はない」という話をした。
 大いに不評であった。
 おまえなんぞ二度と呼ぶものかと言われた。
 ここで言うブランドとは、必ずしも高級品という意味ではないと断ったのだが、伝わらなかったようだ。

 当時どんな事例を持ち出したか忘れたが、今ならユニクロもブランド、ダイソーもブランドという説明をするかもしれない。

 ブランドは顧客に価値を約束するものである。
 「安い、早い、旨い」も価値であり、それを約束する社名、商品名、サービス名はブランドである。
 ブランドは作り上げるものである。育てるものである。守るものである。

 と、ここまで説明すれば、どこも同じように見える公立にもブランドはあるのだと分かってもらえるだろう。
 私立にも公立にもブランドはある。
 古い学校にも新しい学校にもある。
 大きな学校にも小さな学校にもある。
 要は種を撒き、それを育てるかどうかである。

◆公立の、生まれもっての価値
 公立には生まれつきもっている価値がある。
 何か?
 たとえば信頼性。
 たとえば透明性。

 公がやっていることだから、いい加減なことはしないだろう。
 むろん私立がいい加減などというつもりはない。
 品質が、ある程度保証されているだろうという安心感、と言い換えてもいい。
 一つ一つに個性はなく、どれも似ているが、裏を返せばそこが信頼の源ともなる。
 「国が(県や市が)、やっていることだから、まさか人を欺くようなことはあるまい」というわけだ。

 経営面での透明性も、私企業や私立学校に比べて高いだろう。
 今は法整備も進み、私企業、私立学校と言えども情報は公開せねばならないが、個人経営・同族経営となると不透明感は免れない。

◆私立のブランド価値が急上昇
 さて、私立関係者の方はここまで読んで、われわれにだって信頼性、安心感、透明性があると言いたいだろう。
 そのとおり。
 私が言いたいのも正にそこだ。

 後発で、歴史の浅い埼玉県内私立も、創業から40年、50年の時を経て、苦労の末、ブランド価値を高めてきたのだ。
 公立が苦境に立たされることが多くなったのはその結果だろう。
 公立のブランド力が急落したとは思わないが、私立が上げて来たことによって差がなくなってきた。
 
 公立にはこれまで、価格競争力(学費の安さ)という大きなアドバンテージがあった。
 しかし今後、これは、なくなりはしないが、それほどの威力を持たなくなる。
 そうなると、残るはブランド力だ。
 
 公立が特色化や個性化を図ろうとすることに反対はしないが、生まれながらに持っている価値にも目を向けたほうがいい。
 ただ、昔のままというわけには行かないから、その価値を現代に生かせるようにブラッシュアップする必要はある。
 選ばれる学校になるための唯一の方法である。