卒業式のネタ(要するに校長式辞だけど)をボチボチ収集している。
 すでに式を終えた学校もあるが、まだの学校も多いので、来週あたり「式辞集」の記事を出そうと思っている。

 そんな中。
 埼玉新聞が報じた最後の卒業式の記事。

「埼玉の高校で最後の卒業式…統合で60年の歴史に幕 「地域に支えられ、愛され続けた学校なのだと改めて感じた」 県立皆野高校、3年生24人の新たな門出 地域ぐるみで祝福 街を卒業アルバムに」(3月8日 埼玉新聞)

 「43年に感謝 統合で最後の卒業式ー鳩山高校」(3月11日 埼玉新聞)

 皆野高校は秩父郡皆野町にある商業科の高校。
 陸上・やり投げの新井涼平選手の母校。
 今年度をもって秩父高校と統合され60年の歴史に幕を閉じる。
 最後の卒業式には卒業生も参加し、「皆高アンカーズ24名」の門出を祝った。

 学校ホームページには、「市報ちちぶ」に載った皆野高校の歴史に関する記事が転載されている。
 この学校に限ったことではないが、当時の新設高校は、地元の人々の熱意や期待、そして物心両面にわたる支援があって開校できたのである。

 だが、少子化、高齢化、人口減には抗えなかった。

 鳩山高校は比企郡鳩山町にある普通科と商業科(情報管理科)の学校。
 越生高校との再編整備により越生翔桜高校として再出発する形だ。
 再編整備(かつては統廃合と言った)では、一方の学校は場所も変わらず校名もほぼそのままで生き残るが、もう一方の学校は跡形もなく、と言っては失礼だが、要は何も残さず廃校となる。が、ここはちょっと違った。たしか以前のブログ記事で、「梅」で有名な越生の新校がなぜ「桜」を冠することになったかについて書いたと思う。「越生翔桜」の「桜」は鳩山町のシンボルであり、鳩山高校のシンボルでもある。校名に「桜」の一文字を加えることで新校に歴史を引き継いだのだ。ちなみに今日は東日本大震災発生から15年だが、鳩山高校の桜は震災で被害を受けた福島県の桜である。これも一部が新校に引き継がれる(と、埼玉新聞の別に記事に書いてあった)。

 皆野高校にしても鳩山高校にしても、学校の教育内容に何か問題があったかというと、まったくそういうことはなくて、学校を閉じることになった最大の理由は過疎である。人口減である。
 鳩山町の場合、1970年代に大規模な宅地開発が行われた(鳩山ニュータウン)。できた当初は、「自然が豊かで、広い敷地」が人気を博した。が、致命的だったのは鉄道駅がなかったことだろう。住民が若いうちはまだよかったが、高齢化が進むと交通手段の弱点が重くのしかかってくる。そしてさらに都合の悪いことに、この手のニュータウンは、同じ時期に同世代の人々が入居しているから、町全体の「同時高齢化」という現象が起きる。住民の多くが70代から80代という町で、15~16歳の若者を集めて学校を維持して行くのは、困難を通り越して、ほぼ不可能と言っていい。これからはこういうケースが続出するだろう。