日本人はいつから人の他人の揚げ足をとったり、言葉尻をとらえて喜ぶようになったんだろうか。
 と、年寄りは思うわけである。
 だが、国民性などそう急に変わるものではないので、昔からそうだったんだろう。
 要はそういった性癖が可視化されるようになっただけ。

 自民党総裁になった高市早苗氏が、「ワークライフバランスを捨てる」と言ったら、マスコミはまずそこに食いついた。
 マスコミ自身だけでなく、SNSなどでそこに食いついた人々の発言をこれでもかと取り上げた。
 別に、国民すべてに寝食を忘れて働けと言っているわけではないのに。

 幹事長代行に登用した萩生田光一のことを「傷物」と表現したら、そこにもすぐ食いついた。
 萩生田本人が自虐的に言ってるらしいじゃないか。
 それでも、自分が言うのはいいが、他人が言っちゃいけない、ましてや一国の首相になろうという人が・・・。
 と、まあ、いちいちうるさいわけである。

◆専門的な質問ができない記者たち
 最近、新聞やテレビなどがオールドメディアと呼ばれている。
 つまりは斜陽産業、衰退産業。
 だから、優秀な人材が集まってこない。
 よって経済政策や外交政策など、専門知識が必要な分野では、深い質問ができない。
 時間をかけて育成すればいいのだが、それにはコストがかかる。斜陽産業のオールドメディアにはその余力がない。
 そこで何の知識も要らない揚げ足取りに走る。

◆クリック至上主義
 メディアは広告収入に依存している。
 テレビならば視聴率、ネットならPV数。これらが広告単価や広告出稿量に直結する。
 そこで、専門的な報道よりも、「バズる」話題や感情的なニュースが優先されがちになる。
 ある意味、見られてナンボ、読まれてナンボの世界であるから、メディア側も読者、視聴者のニーズに合わせざるを得ないのだ。

 しかし、こうした流れが続くと、国民の政策理解はますます浅くなり、少し大げさに言えば民主主義の健全な運営にも影響を及ぼしかねない。
 マスコミ側からすればニュースは商品である。
 人々がそこに娯楽性を求めているのであれば、それに応えなければならない。
 だが、そういう一面はあるにしても、専門性の高いニュースも配信して行かないと、いずれその存在意義を問われることになるだろう(今でも問われているが)。