浦和高校「浦高祭」に2日間通うことになった。
 私には、新聞掲載用の動画と写真を撮影するというミッションがある。
 1日目。さっと撮ってさっと帰ろう。そう思ったが、メインの被写体と定めていた「門」が完成していない。すでに開場し、続々とお客が来場しているというのに、生徒たちは必至の作業中。
 数日前、たまたま通りかかり、作業の進捗状況を見て、「もしかしたら当日までに間に合わないのではないか」と思ったが、その予感は的中した。
 で、結果として2日目に完成版の門を撮りに行くことになった。

 と、ここまでが前振り。

 浦高の文化祭(浦高祭)には、女子高生(JK)の姿が目立つ。川越高校も似たような状況。
 そこで今日は、男子校の文化祭に出没するJKは、なぜ私服ではなく制服で現れるのか。なぜ、バッチリ決めたメイクでやって来るのか、さらにまた、なぜ極限まで丈を詰めたスカートでやって来るのかを考察しようと思う。

◆制服は無敵のステータス
 休日なのだから私服で来ても良さそうなものだが、彼女らは絶対に制服を手放さない。
 なぜなら、「制服を着たJK」という存在そのものが無敵のステータスであることを知っているからだ。
 制服を着用することによって、中学生でもない、大学生でも社会人でもない、「JK(女子高生)」という唯一無二の存在をアピールすることができる。こんな最強ツールを手放すはずがない。別に先生や親から、外出は制服でと言われているわけではない。

 そしてさらに、休日ならではの「強めのメイク」と「短すぎるスカート丈」を掛け合わせることにより、普段とのギャップを際立たせる。
 彼女たちにとっての制服は、着用を義務付けられた服ではなく、自分を最大限に輝かせるための「勝負服」なのだ。
 だから一部の中学生にとって、学校選びでは制服が重要なのだ。

◆背景としての「伝統トップ進学校」
 さて、ギャル系現役JKを迎え撃つのは、県内トップの男子進学校なのであるが、このギャップ、あまりにも大き過ぎて接点が見つからない。が、そうした疑問ないし危惧は、SNS時代の消費行動において、まったく無用である。

 JKが求めているのは、男子校生徒との内面的交流ではなく、「最高峰のロケーションにアクセスしている自分」というストーリーである。
 いい大人だって、高級ホテルのラウンジや話題のナイトスポットで写真を撮り、TikTokやInstagramにアップして悦に入っているではないか。その感覚と完全に一致している。

 明治創立の歴史、東大合格者数という圧倒的なブランド、そして2日間で1万7千人以上を動員する狂熱的なテーマパーク性。この「格調高い最高峰の舞台」に足を運び、その空間を引き立てる被写体として自分を置くこと自体が、投稿のインプレッションと自己承認欲求を最大化させる。相手の偏差値が高ければ高いほど、ロケーションとしての価値も跳ね上がるわけだ。つまり、この場合、浦高及び浦高祭はただの背景に過ぎない。

◆ギャップが生む熱気と相乗効果
 一方で、男子校側の事情もこの現象を優しくフォローする。「頭脳明晰な超進学校の生徒が、文化祭では桁外れの熱量でバカになれる」というギャップは、小学生から地域住民、そしてJKに至るまで引きつける強烈なエンタメ性を持つ。

 どれほど偏差値が高くとも、日常を男子のみで過ごす高校生にとって、華やかなJKが空間に花を添えてくれることは決して嫌な事態ではない。それによって校内の熱気は確実に跳ね上がる。JK側は「最高峰の映えスポット」を手に入れ、男子校側は「行事としての最高峰の華やかさ」を手にする。ここには見事な相乗効果が生まれている。

 歴史ある重厚な門の前で、最高のスタイルに身を包んだJKたちが笑顔を弾けさせる。
 それは、伝統校の誇る圧倒的なバイタリティと、現代のSNSカルチャーが見事に交差した、男子校文化祭ならではの風景なのである。

 
 当然だがAIによる合成である。