このところ、募集定員だの志願者数だの倍率だの、数字を使った話が続いた。
 数字は大切だ。客観的な事実を示してくれるし、問題点を発見する手がかりにもなる。
 だが、数字ばかり見ていると、時として大切なものを見失う。

◆遅刻者より、早く来た人を大事にしよう
 以前、ある学校にちょっとしたクレームをつけたことがある。
 学校説明会や塾対象説明会などで、開会時刻になっても始まらない。
 「まだお見えになっていない方がいらっしゃいますので、少々お待ちください」というやつだ。
 交通機関の事故など、やむを得ない事情があるなら分かる。しかし、そうでないなら、なぜ遅れて来る人を待つ必要があるのか。

 私は用心深い人間なので、こうした会合には30分くらい前に到着するようにしている。
 つまり、30分前から待っているわけだ。
 それなのに、時間に遅れて来る人のために、さらに待たされる。
 遅刻者に配慮するなら、早く来た人にも配慮してくれよ。

 別に遅刻者を責めたいわけではない。事情はいろいろあるだろう。ただ、時間どおりに来た人の時間も同じように大切にしてほしいのだ。
 それに、時間を守り、早めに行動する人を大切にしたほうが、入学後の生徒指導も少しは楽になるかもしれない。

◆来なかった70人より、来てくれた30人
 もう一つ、学校説明会に関する話。
 100人の参加を見込んでいたのに、申し込みが30人しかなかった。
 すると、「今回はダメだ」「集客に失敗した」と言い出す人がいる。

 おいおい、まだ説明会始まってねえぞ。

 たしかに、100人集める予定が30人だったのだから、集客という点では目標未達だ。それは反省しなければならない。
 しかし、説明会そのものが失敗だったかどうかは、終わってみなければ分からない。
 たとえば、100人集まって、そのうち10人が出願した説明会があったとする。
 一方、30人しか集まらなかったが、そのうち20人が出願した説明会があったとする。
 さて、どちらが成功なのか。
 集客では負けているが、出願者数で見れば、ダブルスコアで後者の圧勝である。

 しかも、参加者が少なければ、一人一人に丁寧に対応できる。相談にも十分な時間をかけられる。学校の熱意も伝わりやすい。
 ところが、担当者自身が「今日はダメだ」と投げやりになってしまったらどうなるか。
 せっかく来てくれた30人は、どういう気持ちになるだろう。
 その中には、その学校に強い関心を持ち、「ぜひここに入りたい」と考えている熱烈なファンもいるかもしれない。
 それなのに、来なかった70人のことばかり考えて、目の前の30人を大切にしない。
 これでは本末転倒だ。

◆定員割れの学校にも、熱烈なファンがいる
 近く公表される進路希望調査の結果では、今年も多くの学校で定員割れが明らかになるだろう。
 定員割れは問題だ。
 学校経営上も、教育条件の維持という点でも、決して望ましいことではない。
 
 しかし、ここで忘れてはならないことがある。
 定員割れの学校を選んだ生徒に、何か問題があるわけではない。

 交通の便が悪くても、知名度が低くても、わざわざ足を運んでくれる生徒がいる。
 先日訪ねた熊谷工業高校でも、生徒たちは学校や学科を選んだ理由を「好き」という言葉で語っていた。
 得意だからではなく、好きだから。
 「好きだから」
 いい言葉だね。死ぬまでにあと何回口にすることができるだろうか。

 ※ここで一つお知らせ
 熊谷工業高校の記事(紙面上の扱いは「広告」)が、10月30日付の読売新聞埼玉県版に掲載される。購読されている方はお見逃しの無いようお願いしたい。 

 学校を選ぶ理由は、偏差値や倍率だけではない。
 そういう生徒たちの存在を忘れて、「どうしてうちの学校は人気がないのだろう」「どうすればもっと大勢集まるのだろう」と嘆いてばかりいては、肝心の生徒の顔が見えなくなる。
 向こうを向いている子をこっちに向かせようとする前に、すでにこっちを向いている子の目を見ようではないか。

◆たった一人に選ばれる幸せ
 ちょっと話を変えよう。
 大勢の異性から好意を寄せられる人がいる。いわゆるモテモテというやつだ。
 うらやましい。

 しかし、たった一人からしか「好き」と言ってもらえない人は不幸なのか。
 そうではあるまい。
 「あなたじゃなければダメ」と言ってくれる人が一人いれば、それで十分幸せだと思うぞ。

 学校も、ある意味では同じで、定員が1人なら、心からその学校を気に入ってくれた生徒が1人いればいい。
 10人が応募して、倍率10倍になった方が立派なのか。
 もちろん、選抜による競争には一定の意味があるし、学校という組織を維持するためには、相応の生徒数が必要だ。
 特に税金で運営される公立高校で、施設や教職員を有効に活用することは重要な課題である。
 だから、定員割れでも構わないと言っているのではない。
 問題は、そこに至る手順であり、物事の順番である。

◆まず、目の前の一人を大切にする
 私は学校広報や生徒募集に関心を寄せている。 
 だから、どうすれば説明会の参加者を増やせるか、どうすれば志願者を増やせるか、そんなことを年中考えている。

 だが、この仕事には落とし穴がある。
 人数を増やすことに夢中になるあまり、すでに関心を持ってくれている人の存在を見失ってしまうことだ。
 100人集めることばかり考えて、来てくれた30人をおろそかにする。
 倍率を上げることばかり考えて、入学を希望してくれている生徒の思いを忘れる。
 これでは、いったい何のための募集活動なのか分からない。

 まずは、今いる生徒を大切にする。
 次に、学校に関心を持ち、足を運んでくれた受験生を大切にする。
 その生徒たちが「この学校に入って良かった」と思える教育をする。
 やがて、その評判が後輩や保護者、地域の人たちに伝わる。
 そうやって少しずつ、少しずつ、ファンや理解者を増やしていく。

 もちろん、それだけで定員割れが解消するほど、現実は甘くない。
 だが、何事にも出発点というものがある。
 選んでくれなかった人の数を嘆く前に、選んでくれた人への感謝を忘れないこと。
 元高校教員としても、学校募集に関わる商売人としても、ここだけは譲れないところだ。