市立高校はなぜ人気が高いのか。
埼玉県内には、川口市立、市立川越、市立浦和、浦和南、大宮北の5校の市立高校がある。近年の進路希望調査を見ると、これら市立高校の人気の高さが目立つ。
では、「市立だから人気」なのだろうか。
いや、そういう単純な話ではないだろう。
市立高校には「人気校になりやすい条件」が重なっている、と見るべきだろう。
その第一が、立地である。
埼玉県内の市立高校は、さいたま市(130万人)、川口市(60万人)、川越市(35万人)といった人口規模の大きい都市(県内ビッグスリー)に置かれている。いずれも交通網が発達し、中学生人口も多い。つまり、最初から通学可能圏の受験生母数が大きい。
市立だから人気なのではない。まず、人気になりやすい都市に設置されているのである。
◆都市ブランドを背負う強さ
さらに重要なのが、都市ブランドだ。
とりわけ「浦和」という地名の力は大きい。
旧浦和市は、現在のさいたま市の中心部を構成し、政治、経済、教育、文化の面で長く県内の中心的役割を担ってきた。その「浦和」の名を、旧市内の高校はほぼ例外なく校名に冠している。
県立浦和、浦和一女、市立浦和、浦和西、浦和南、浦和北、浦和東。
私立でも、浦和明の星女子、浦和実業、浦和学院、浦和ルーテル学院、浦和麗明と「浦和」が並ぶ。
(例外は看護の県立常盤高校)
ここまで多くの高校が同じ地域名を共有しているのは、それだけ「浦和」という名称自体にブランド価値があるからだろう。
特に象徴的なのが浦和麗明である。旧小松原女子が共学化する際、単に「麗明」としても校名としては成立したはずだ。しかし「浦和麗明」とした。
一方、兄弟校であった旧小松原高校(男子校)は越谷に移転し、共学化して「叡明」となった。「越谷叡明」とはなっていない。もちろん学校法人がどのような意図で命名したかは分からないが、マーケティング的に見れば、「浦和」は付けた方が価値が増す地名であったと考えるのが自然である。
市立浦和や浦和南は、この強い「浦和ブランド」の恩恵を受けている。
大宮北も同じだ。大宮は県内最大級の交通拠点であり、商業都市としての知名度も高い。川越は歴史都市・観光都市として県外にも通用する。川口も東京に隣接する大都市である。
つまり埼玉県の市立高校は、かなり強い都市ブランドを背負った学校ばかりなのだ。
◆市立であることが、さらに上乗せされる
ここまでなら、「それは県立高校でも同じではないか」という話になる。
その通りである。
県立浦和も、浦和一女も、浦和西も、「浦和」という地名から少なからず恩恵を受けている。
ただし市立高校には、ここから先にもう一つ条件が加わる。
それは、設置者である市との距離の近さである。
県立高校は県内に多数あり、県教育委員会は全体のバランスを考えなければならない。それに対し、市立高校はその自治体にとって数少ない存在である。場合によっては唯一の高校だ。
したがって自治体としても、「わが市の学校」という意識を持ちやすい。
設備、ICT、理数教育、国際教育、探究、地域連携など、市が力を入れたい教育政策を学校の特色として反映させやすい。
市立高校は、自治体の教育政策を見せるショーウインドーになり得るのである。
都市ブランド、立地、人口規模という有利な条件に、自治体による支援や特色化が上乗せされる。
「市立高校は人気が高い」という現象は、おそらくこの複合効果として考えた方がよい。
◆学校の存在が都市ブランドを強化する
ここまで考えて、もう一つ面白いことに気づく。
都市ブランドが学校を強くするだけではない。
学校の存在が、都市ブランドを強くすることもあるのではないか。
埼玉県内でも、「慶應志木」「立教新座」「早大本庄」「淑徳与野」といった学校がある。
慶應志木が全国で語られるたびに、「志木」という地名も一緒に流通する。立教新座なら「新座」、早大本庄なら「本庄」である。
淑徳与野にいたっては、現在はさいたま市であるにもかかわらず、校名の中に旧市名の「与野」が残っている。行政上の自治体名が消えても、学校名が地域名を保存し続ける(駅名も残っているが)。
これは実に興味深い現象だ。
全国に目を広げても、有名大学の付属校、スポーツ強豪校、進学校などの存在によって、その地域名が全国に知られる例は少なくない。
甲子園、高校サッカー、大学合格実績、文化部の全国大会、卒業生の活躍。
学校名が報道されるたびに、そこに付いている地域名も全国に届けられる。
学校は、地域の広告塔にもなっているのである。
◆高校は都市の「ブランド資産」
そう考えると、高校は単なる教育施設ではない。
都市にとってのブランド資産でもある。
企業を誘致すれば地域の知名度が上がることがある。プロスポーツチームが地域ブランドを作ることもある。大学の存在が都市イメージを高めることもある。
高校も同じ、とまでは行かないにしても、似たようなところはある。
高校は、50年、100年とその地域に存在し続ける。
毎年卒業生を送り出し、進学先や就職先で学校名を語る。スポーツや文化活動で学校名が報道される。受験情報の中でも校名が繰り返し登場する。
その積み重ねが、いつの間にか地域のイメージそのものを作っていく。
であるなら、市町村が市立高校を支援することも、単なる教育行政として捉えるだけでは不十分だろう。
高校への投資は、都市ブランドへの投資でもある。
「市がお金を出して高校を良くする」のではない。
「高校を良くすることで、市そのものの価値を高める」。
そういう発想があってもいいだろう。
◆浦和ブランドも学校が育てた
さらに考えれば、「浦和」という強力な教育ブランドも、最初からそこにあったわけではない。
浦和高校、浦和一女をはじめ、多くの学校が長年にわたり実績を積み重ねてきた。
その結果、「浦和は教育の街」というイメージが形成された。
すると、今度は新しい学校や既存校が「浦和」という地域名を名乗ることで、そのブランドの恩恵を受ける。
つまり、地域ブランドが学校を育てる。学校が地域ブランドを育てる。
そして、強くなった地域ブランドが、さらに学校を育てる。
この循環が起きているのである。
◆市立高校を「都市資産」として見る
最初の問いは、「なぜ市立高校は人気なのか」だった。
しかし、掘り下げていくと、単なる県立と市立の比較では収まらなくなってきた。
市立高校の人気は、都市部に立地していること、都市ブランドを校名に持っていること、交通利便性が高いこと、自治体との距離が近く特色化しやすいことなど、複数の条件の重なりによって生まれている。
そして、その関係は一方向ではない。
強い都市が学校を強くし、強い学校が都市を強くする。
市立高校を持つ自治体は、この視点をもっと持ってもいいだろう。
市立高校は、単に市が運営している一つの学校ではない。
その街の教育水準、文化、若者の活力、将来性を外部に伝える存在でもある。
言い換えれば、市立高校は「都市の顔」の一つなのである。
であるならば、市立高校をどう育てるかは教育政策であると同時に、都市政策でもある。
学校のブランド価値を高めることは、その街のブランド価値を高めることにつながる。
高校と街は、同じ名前を背負いながら、互いの価値を高め合っている。

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