若い経営者との懇談の席で、「タイミー」という新しい雇用のスタイルが話題に上った。
 スマホのアプリひとつで、面接も履歴書もなく、数時間単位の仕事をマッチングするサービスだという。若い彼らは「聞いたことないでしょう」と得意げにその仕組みを解説してくれたが、話の途中で私が「じゃあ、こうなって、給料は即日払いで……」と先を予測してみせると、大いに驚かれた。

 彼らからすれば最先端のITビジネスなのだろうが、昭和の時代を生きてきた人間からすれば、どこか懐かしい風景だ。東京の山谷、大阪の釜ヶ崎。かつて「寄せ場」と呼ばれた街には、早朝から日雇い労働者が集まり、手配師の掲げる条件を見てその日の仕事を選んでいた。
 テレビもネットもなかった時代、生きる糧を求めて身体一つで街頭に立った昭和の日雇い。かたやスマホをタップし、小遣い銭稼ぎや隙間時間の活用としてスマートに働く令和のすき間バイト。目的も風景もまったく異なるが、その本質は「デジタル化され、漂白された令和版の日雇い労働」に他ならない。

 街の立ちんぼがスマホの画面上に置き換わり、暴力的なリスクや手配師の抜き取りがアルゴリズムに代わっただけで、構造そのものは50年前から何も変わっていないではないか。

◆「副業解禁」と「人手不足」が後押しした令和の労働市場
 ではなぜ今、この昔ながらの仕組みがこれほどもてはやされているのか。
 背景には、現代特有の切実な事情がある。

 一つは、企業を襲う深刻な人手不足だ。正社員や定期パートとして人を抱え込む余裕がない企業にとって、必要な時間帯だけ固定費をかけずに調達できるスポット労働力は救世主に映る。

 もう一つは、政府による副業・兼業の推進と、働く側の実質賃金の伸び悩みだ。かつて日本の企業は「一社への滅私奉公」を求め、副業を厳しく制限していた。しかし今や厚労省のモデル就業規則も改定され、大企業に勤める会社員までもが、週末の数時間を「タイミー」での軽作業に充てる時代になった。
 困窮層の「最後のセーフティネット」だった日雇いが、今や一般層の「気軽な小遣い稼ぎ」へとカジュアルに生まれ変わったのである。

◆「塾の居酒屋化」が示す、教育業界の即戦力モデル
 このすき間バイトの仕組み、実は慢性的な人手不足に喘ぐ「教育業界」と非常に相性が良いのではないか。そんな思いが頭をよぎる。

 私自身、長年学校や学習塾に近い場所で仕事をし、自身も教員免許と10年以上の実務経験を持つ。その目から見ると、特に昨今隆盛を極める個別指導塾のあり方は、極めてすき間バイト的だ。
 集団指導のような高度な板書技術や発問のスキル、クラスを惹きつけるパフォーマンスは求められない。一定の学力があり、テキストの解答解説を読み解き、目の前の子どもの質問に答えられれば「先生」が務まる。言ってしまえば、もともと素人をマニュアルで即戦力化してきた業界なのだ。

 面接して「じゃあ、今日から入って」というこのスピード感は、まさにチェーン居酒屋のオペレーションと同じである。私はこれを「塾の居酒屋化」と呼んでいるが、居酒屋で注文を取り、料理を運べる人材なら、個別指導塾でも十分に機能する構造がすでに完成している。
(Googleで「塾の居酒屋化」と検索すると、たぶん、私が今から13年前に書いたコラムが表示される)

◆コスパ抜群の「お試し雇用」
 塾業界はこの仕組みを戦略的に使わない手はない。
 塾が抱える最大の採用リスクは、面接や筆記試験だけで採用した講師が、いざ現場に立つと「挨拶ができない」「遅刻を繰り返す」「言葉遣いが不適切」といった人間性の問題で脱落していくことだ。
 そこで、まずはタイミーのようなすき間バイトで「チラシ配り」「テストの採点」「自習室の監督」といった周辺業務を発注する。数時間の働き振りを観察すれば、時間厳守の精神があるか、誠実か、コミュニケーションが取れるかといった「教え込みにくい素養」は一目瞭然だ。
 つまり、超低コストの「試用期間(お試し雇用)」として活用するわけである。
 現場で適性と人間性を確認できた人物にだけ、「来週から個別指導の講師をやらないか」と声をかければいい。
 面接という「仮面を被った数十分」に騙されるより、遥かに確実でコスパの良い採用手法となる。

◆学校現場を救う「有資格者プール」の発想
 一方、教育免許が必須となる学校現場ではどうだろうか。
 「明日すぐ授業をして」というわけにはいかないが、短時間の拘束なら協力したいという「隠れ教員」は世の中に大量に存在する。私自身もそうだが、担任を持ち、部活を指導し、膨大な事務作業に追われるフルタイムの復帰はまっぴらご免でも、「週に数コマ、自分の得意な教科の授業だけを教えてサッと帰る」という条件なら引き受けてもいいという元教員は少なくない。

 行政や教育委員会が、元教員や育児中の有資格者限定の「すき間人材プール」をアプリ化し、特定の時間割だけをピンポイントで発注できる仕組みを作れば、悲鳴を上げる学校現場の強力な助っ人になるだろう。

 昭和の日雇い労働を原形とする仕組みが、令和の最新ITサービスとして開花し、さらには教育という一見堅苦しい業界の課題解決にまで繋がっていく。
 手配師をアプリに変え、現場を建設現場から塾の教室に変えたとき、そこには人手不足の時代を生き抜くための大きなヒントが隠されているのではないか。