「先生は世間知らず」という根拠のはっきりしない話を相変わらず信じてる人がいるので、また書かなければならない。
 このネタは繰り返し扱っているので、もう飽きたという方もおられるだろう。
 我慢して読んでもらいたい。

 生徒や学生を相手に講演活動や、出張講座(授業)のようなことをしたいと望んでいる人がいる。
 それは別に構わない。
 どっちかと言えば、良いことである。
 学校にとっても有難いことと言える。
 どんどん連携でも提携でもコラボレーションでもすればよろしい。

 ただ一つだけ条件を付けておこう。
 「先生は世間知らず」と見下しているような人間には、教育に関わってもらいたくない。
 あなたがある分野の知識や経験に優れた専門家だとしたら、先生もまた教育分野の専門家である。
 むろんそこに上下関係などない。
 専門家同士が互いにリスペクトし合うことで相乗効果が得られ、あるいは新しい何かが創造され、児童生徒にとって有益な教育空間が生まれるのである。
 だから、専門家を自負するなら、他分野の専門家(この場合は教育の専門家たる先生)をリスペクトしたほうがいい。

 それが出来ない人間、すなわち「先生は世間知らず」などと蔑むような人間には、児童生徒の前に立つ資格はない。
 条件とはこのことだ。

 「先生は世間知らず」とあちこちで言われるものだから、先生方の中には「そうかもしれないな」と思われている方もいるだろう。
 だが、そこが重要なところなのだ。
 「そんなことはない」と否定しない。
 「もしかしたら、そうかもしれない」と、いったんそうした批判を受け入れる。
 そして、そこから、自分には何が足りないのかと自問する。
 この態度が進歩や成長につながるのだ。

 一方、「先生は世間知らず」と言い切って憚らない人。
 では、ぜひ教えて欲しい。
 世間、つまりは世の中や社会のことだ思うのだが、人を蔑むほどだから、よほど知り尽くしているのだろう。
 あなたの体験してきた世間について教えてほしい。

 先生は、先生と言う仕事しか経験していないから「世間知らず」というなら、あなたは多種多様な仕事を経験してきたのだろう。
 タクシードライバー。
 寿司職人。
 ファッションデザイナー。
 ミュージシャン。
 カメラマン。
 ツアーガイド。
 お笑い芸人。
 宮大工。
 神主。
 そうか、そんなにやってきたのか。
 
 えっ、そんなにやってない?
 ○○株式会社一筋?
 嘘でしょう。
 じゃあ、1社1業種しか経験してないあなたが世間を知ってて、先生は「世間知らず」という根拠は何なのよ。

 先生は企業経験、会社経験がない?
 はっ。
 ということは、あなたの言う世間というのは企業(会社)のことなわけね。
 企業(会社)経験の無い人は「世間知らず」。
 そうか。そいつは知らなかった。
 だったら私の周りには「世間知らず」大勢いるよ。
 坊さんも、占い師も、手品師も、そう言われてみれば、どこか変だ。
 かれらがどこか変なのは、企業(会社)経験が無いからなんだ。

 企業(会社)ってすごいんだな。
 でもね。
 学校では子供たちに、いろんな仕事がある、いろんな生き方がある。
 そう教えなければいけないんだ。
 組織に属するもよし、自分一人でやるのもよし。
 適性の違いもあるし、性格の違いもある。
 だから自分に合ったやり方で世の中に貢献すればいい。
 そう教えなければならないんだ。

 自分が一番で、先生なんぞ「世間知らず」の未熟者みたいな狭い考えしかできない人は、悪いけど教壇には立たせられないな。