SNSなどを見ていると「今日はこれから『壁打ち』」みたいな表現に出くわすのである。
 「そうかい、最近テニスでも始めたんかい」と昭和生まれのジジイはそのくらいの想像力しか持ち合わせないのだが、さにあらず。
 近頃流行りのビジネス用語らしいのだ。

 さっそくググってみた。
 待てよ、このググるも今や時代遅れか。
 若い人なら「タグる」「タブる」か。
 それはまあいい。

 ざっと調べた結果をまとめてみる。

 自分の中にあることを(悩みなども)、誰かに「壁=聞き役」になって聞いてもらう。
 それで気持ちがすっきりする。
 また、話しているうちに、結局自分がやりたいのはこれなんだと発見する。
 時には人に話すことによって行き詰っていた仕事に関してアイディアがひらめく。

 と、だいたいこんなところだ。

 なんだよ。
 一人でやるんじゃないんかい。
 無言の壁に向かって黙々と球を打ち続けるテニスの練習をイメージしていたものだから、相手が必要とは知らなかった。
 で、相手、つまり「壁役」は何をするかというと、ただ話を聞く。
 たまに質問したり、話の内容を整理したり、自分の意見を言ったりもするようだ。

 どうやら壁に向かって打つ方にはそれなりのメリットはありそうだが、壁役にされるほうにはあまりメリットはなさそうだ。

 これって何かに似ているなと思った・
 そうだ、コーチングだ。
 答えは本人が持っている。
 自分の進む方向は自分で決めさせる。
 質問はするが指示やアドバイスはしない。
 クライアントに寄り添う伴走者。
 という、あれだ。

 アドバイス不要だから専門知識は要らない。
 経験不問、知識不要と聞いて何者かになりたいフリーターみたいな連中が集まって来る。
 一応それらしい講座を開き、権威性など微塵もない資格だか認定証だかを発行する。
 講座ビジネスなんて大体こんなものだ。

 試しにコーチングで検索してごらん。
 ティーチングは教えることだけどコーチングは教えずにクライアント自身が答えを探し出すものだと書いてある。
 こう言うといかにももっともらしいが、元々人に教えるだけの知識や経験のない人を集めているのだから、コーチングは教えなくていい、教えてはだめということにしないと講座ビジネスとして成立しないのだ。

 で、壁打ちの壁役の話だが、ただ突っ立っていればいい。
 たぶんこの言葉を流行らしたのは、コーチング界隈あるいはコンサルタント界隈であろう。
 と、私は踏んでいる。

 しかし、これではビジネスにならないから「壁打ち」と言い換えてみた。
 なんかもっともらしく聞こえるではないか。
 ここで初めて「壁打ちの相手(壁役)をいたします」というビジネスが成立する。

 「今注目の壁打ち、皆さんも壁役を目指しませんか」
 こんな講座ビジネスの誘いに安易に乗らないように。
 高い受講料を払うより本を100冊読んだほうがましだ。
 金を払う気があるなら大学や大学院で学問として学べ。
 
 また、クライアント側も「弊社がもっとも得意とするのは壁役業務です」というセールストークに惑わされるな。
 ろくなビジネス経験もないド素人、ただのお話好きが派遣されてくるぞ。
 
 壁打ちに一番近い言葉を考えてみた。
 答は「雑談」。

 最後に言っておくが、一人黙々と自主練として壁打ちするのは構わない。
 壁打ちとは本来そういうものだ。
 他人とのお喋りではなく徹底的な自問自答。
 相手不要だから時間も場所も選ばない。
 それでどうしても行き詰ったら、その時は正体不明のコンサルタントやコーチや自称起業家ではなく、その道の知識や経験があることがはっきりしている人に自分の球(自分の考え)をぶつけてみよう。
 まあ、そうなるとこれはもうマイペースの壁打ちではなくラリーかキャッチボール、下手をしたらノックを受けることになるが、その方がただの「雑談」より自分を伸ばせる。