文部科学省が生成AIに関する学校現場でのガイドライン(指針)を作成中だが、その原案が判明したようだ。
教育関係者は一応、見ておいたほうがいいかな。
夏休みの宿題、生成AIに作らせるのは「自分のためにならない」と指導を 文科省の指針案判明 7月初旬にもガイドライン公表(TBSニュース)
学校AI利用「限定的に」、文科省が指針案…創作・テストは「不適切」(読売新聞オンライン)
予想されたことだが、「とりあえず限定的な利用から始めるのがいいだろう」というのが結論のようだ。
私のように人生ほぼ走り終えた人間は、AIでどんな影響が出たって構わない。
将来に悪影響とか言われたって、その将来ってものがないのだ。
生きてるうちに、使えるうちに使っておこう、と、それでいい。
だが、未来のある子供たちはそうはいかんだろう。
どんな影響があるか。
慎重に考えるのは当然だ。
と、ここまでは文科省の態度を肯定的に受け止めよう。
だが、なんか変だ。
GIGAスクール構想とやらでパソコンやタブレットを全員に配っちゃったんだろう。
どんどん使えってことなんだろう。
ところが今度は、使うな、とは言っていないが、限定的に使えと。
こうなることは予想できたと思うんだがな。
何を考えているのかよく分からん。
利用が不適切な場面がいくつか挙げられている。
「生成AIの性質や限界について学習せずに使用する」
もっともだ。だが、それを誰が教えるのか。いや、教えられるのか。
「詩や俳句の創作、美術など生徒の感性や独創性を発揮させたい場面で最初から安易に使わせる」
いや、むしろ最初に使わせたらどうだ。創作だって、最初は模倣から始まるんだろう。
「定期考査や小テストなど学習評価に関わる場面で使わせる」
テストはコンピュータ上で完結させようという時代なんだが。
一方、利用が適切な場面も挙げられている。
「班の考えをまとめる活動の途中で足りない視点を見つけ議論を深めるために使う」
もうやってるだろう。
「高度なプログラミングを行う上で適切に用いる」
これは便利だ。
また、皆さん注目の読書感想文についても述べている。
「夏休みの読書感想文や日記、コンクールへ作品応募などで、生成AIを使ったにもかかわらず、自分で作成したとして提出することは不正行為であり、自分のためにならないと十分に指導する必要がある」
そのうち「AIを用いた読書感想文コンテスト」が始まるだろう。
もちろん採点はAIが行う。
生成AIはものすごい勢いで進化するだろうから、こうしたガイドラインも、あっという間に陳腐化するはずだ。
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