「振りの客」という言い方がある。
 その昔、と言っても江戸時代だが、誰かの紹介もなく予約もなく突然やって来る客のことを、料理屋、旅館、遊女屋などではそう呼んだ。
 つまり「一見(いちげん)さん」。
 「お馴染みさん」や「常連さん」の反対。

 近年は、音が似ているからか「フリーの客」と言う人も少なくない。
 「当店はフリーのお客様も大勢いらっしゃいます」
 フリーは無料(ただ)ということだろう。
 そんなに無銭飲食が多くて商売やって行けるのか。
 それとも「自由過ぎる客」ということか。
 それも他のお客の迷惑になって店の評判を落とす。

 このブログやSNSにも、「振りの客」はやって来る。
 Googleなど検索からの流入だ。
 もちろん歓迎。
 多い記事だとPV数は1万、2万に達する。
 このうちの1%くらいが「常連さん」すなわち愛読者になってくれると有難いが、実際には0.1%行けばいいほうだろう。

 とまあ、「振りの客」はその程度で考えているのだが、人間はつまらない欲が出てくるものだ。
 (いや、人間などと一般化してはいけないな。私は、だ)
 いつしかPV数に一喜一憂するようになってくる。
 おっ、今日は5千か。いい数字だ。
 あれ、今日は2千か。少ないな。
 てな具合。

 これはまずい。
 よく言われる手段の目的化というのが、これではないか。
 PV数を増やすことがいつしか目的になってしまっている。
 このネタならPV伸びるかな。
 この見出しならバズるかな。
 いい年して恥ずかしい。

 それまでは何となく読者をイメージしながら書くことが多かった。
 「これって、もしかして私のこと言ってない」。
 そう思いながら読まれた方もいるのではないか。
 そのとおり。
 あなたに読んでもらいたくて、あなたをイメージしながら書いたんだから。

 ところが、PV数の増加が面白くなってくると、名前も知らない、会ったこともない「振りの客」を意識して書くようになる。
 「常連さん」への意識が希薄になるのだ。
 最初は誰でも「振りの客」であって、その中から一人二人と「常連さん」に変わって行くのだから、「振りの客」を増やそうとするのは悪いことではない。
 ただ度が過ぎると「常連さん」が置いてけぼりになってしまう危険性がある。

 お店に安定ももたらしてくれるのは「常連さん」だ。
 困ったときに助けてくれるのも「常連さん」だ。

 PV数を増やす。
 フォロワー数を増やす。
 いいねの数を増やす。
 友達を増やす。
 登録者を増やす。

 もちろん、これらを目指してもいい。
 何度も言うように、今や「常連さん」も、元はと言えば「振りの客」だったからだ。

 しかし、それがために「常連さん」をおろそかにするようだと、いずれ周りに誰もいなくなる。

 今日のこの記事には「振りの客」は来ないはずだ。
 顔が思い浮かぶ数人だけを意識して書いたものだからだ。
 「自分か」と思った、あなた。
 そう。あなたに伝えたかった。