1951年生まれの私が、選挙権を得て最初に投票したのは、1971年の参議院通常選挙だった。
 20歳の誕生日を迎えた直後で、ちょっとばかり誇らしい気分で投票所に向かったことを覚えている。
 翌1972年には第33回衆議院総選挙があった。首相は田中角栄。これが私にとって初めての総選挙で、投票行動としては二回目ということになる。

 ちなみに社会科教師であった私は、用語には厳格だから、衆議院は総選挙、参議院は通常選挙、AKBは選抜総選挙と正しく使い分けるのである。

 話を戻す。
 私が若い頃は、今よりずっと投票率が高かった印象がある。
 記憶違いかもしれないと思い、数字を調べてみた。やはり70%超えは珍しくなく、60%台後半でも「低め」と言われる時代だった。
 ところが近年はどうか。衆議院選挙の投票率はだいたい50%台で推移し、直近の石破首相の選挙も58〜59%程度にとどまっている。

 私が生まれたのは終戦から6年目。世界は冷戦の時代で、日本も進むべき方向が定まっていたとは言い難い。経済、外交、安全保障、どれをとっても政治と距離を取ることは難しかった。良くも悪くも、政治は生活に直結しており、関心を持たざるを得なかった。今風に言えば、当時は「政治の季節」だったのだろう。

 投票率低下の理由は複合的だが、小選挙区比例代表制の導入はやはり大きいと感じている。
 一つの選挙区から複数が当選者となる中選挙区制に比べると、小選挙区は結果が読みやすい。「どうせ決まっている」という空気が生まれやすい。
 だから私も、小選挙区導入後は何度か投票をサボっている。行かなかったところで結果は変わらないだろう、と思ってしまうのだ。

 もちろん、選挙制度に唯一の正解はない。だから、中選挙区制が理想だったと言うつもりもない。
 ただ、「制度が変わると、人の行動が変わる」という点については、かなり確かな手応えがある。制度や仕組みは中立な器ではなく、人の判断や意欲に影響を与える。百歩譲っても、「影響を与える」のは確かだ。

 と、ここまで来ると、どうしたって教育の話に持って行かざるを得ない。そういう場なのだ。
 「入試制度が変われば、受験生の行動も変わる」のは、ほぼ間違いない。志望校の組み方、併願戦略、勉強の力点、さらには中学校での過ごし方まで変わる。現場にいる先生方なら、制度変更のたびにその変化を実感してきたはずだ。

 令和9年度の埼玉県公立入試制度改革も例外ではない。制度設計の意図とは別に、受験生は「どうすれば有利か」「どこに力をかけるべきか」を敏感に読み取る。そして、その読み取りの集合体が、思わぬ行動変化として現れる。選挙で言えば投票率、入試で言えば受験者分布や学習行動である。

 制度は人を動かす。選挙制度が有権者の足を遠ざけることもあれば、入試制度が受験生の学びを歪めることもある。だからこそ、制度を論じるときには「理念」だけでなく、「人はどう動くのか」という視点を忘れてはいけない。投票率の数字を眺めながら、そんなことを改めて考えている。