人は報酬がなければ動かない、という話。
雑談というほど軽くはない。かと言って、深刻な話でもない。
ある塾長とそんな話をしたので、今日はそのことを書こうと思う。正直に言えば、今日はこれといったネタがないので、某私立高校の塾対象説明会、開会前の待ち時間で交わした会話から一題。
テーマは「報酬」である。
報酬と言えば、普通は金銭を思い浮かべる。
仕事をした。その対価としてお金を受け取る。もっとも分かりやすい報酬だ。
だが、人が何かをする動機になるものは、必ずしも金だけではない。
こちらが何かをした。
相手が喜んでくれた。
「ありがとう」と言ってくれた。
自分のことを紹介してくれた。
評価してくれた。
これらも広い意味では立派な「報酬」である。
◆「ありがとう」も立派な報酬
最近の分かりやすい例を一つ挙げよう。
草加東高校の校長ブログに「Instagramに紹介されました(ファルカオ幸彩学習塾)」という記事が掲載されていた。
塾対象説明会や授業公開に来てもらい、その様子をSNSなどで発信してもらった。それに対して、「紹介していただきました。ありがとうございます」と学校側が応えたものだ。
私は、これも一種の「報酬」だと思っている。
もちろん金銭ではない。
しかし、自分が時間を使い、学校まで足を運び、見聞きしたことを整理し、それを記事や動画にして発信した。その行為に学校側が気づき、「ありがとう」と反応してくれる。
これは発信した側からすれば嬉しい。
「ちゃんと見てくれているんだな」
「行った甲斐があったな」
「また紹介しようかな」
そう思う。
人間とは、そういうものではないか。
◆取材する側にも報酬はある
私は仕事柄、学校へ取材に行く機会が多い。
今週も3校ほど予定が入っている。
私の場合は仕事だから、記事を書くことで金銭的な報酬を得ている。
取材先の学校から「今日はありがとうございました」と感謝されることもあるが、本来、学校が感謝するとすれば、取材に来た私個人というより、記事を掲載してくれる新聞社や出版社など発行元の方だろう。
だから学校がホームページやSNSで、「今日は〇〇新聞の取材を受けました」「〇〇テレビの取材がありました」などと発信してくれるのは、媒体側から見てもありがたい。
私の名前など別になくていい。
むしろ媒体名をはっきり書いてもらった方がいい。
これは取材したメディアにとって、一種の宣伝になる。
ただし、メディアはメディアで別のところから報酬を受けている。
広告主、つまりスポンサーである。
広告を掲載してもらい、その対価として金銭的な報酬を得る。
世の中というのは、こうしたさまざまな「報酬」の交換で成り立っている。
◆塾の先生は何を得るのか
では、塾の先生方はどうだろう。
特に個人塾の先生方である。
もちろん、学校説明会に参加する最大の目的は塾生のためだろう。
最新の入試情報を得る。
学校の雰囲気を知る。
先生方の話を聞く。
進学指導に役立てる。
それだけで十分である。
そこで完結するなら、まさに教育活動の一環だ。
だが、その後、説明会の内容や学校訪問の様子を、自塾のブログやInstagram、YouTubeなどで発信したらどうか。
それもすべて「塾生のためです」と説明するのは少々無理がある。
むろん塾生や保護者への情報提供という面はある。
しかし同時に、「この塾は高校情報に詳しい」「塾長自身が学校に足を運んでいる」「進路指導にも力を入れている」という自塾のアピールにもなっている。
別に悪いことではないから、堂々とやればいい。
学校レポートであると同時に、自塾の広報でもある。
そこで学校側がそのレポートを見つけ、「〇〇塾さんに紹介していただきました」とホームページやSNSで発信してくれれば、塾側にとって非常にありがたいアシストになる。
学校公式サイトから塾名が紹介される。
リンクまで張ってもらえればなおいい。
これは金銭ではないが、立派な「報酬」である。
交通費を使い、時間を使い、学校まで来てくれた。
さらに文章を書き、写真を選び、動画を編集し、多くの人に学校の存在を伝えてくれた。
それに対して学校ができる、もっとも簡単な返礼の一つだろう。
◆「また来よう」と思わせる学校
塾説開会時間も迫ってきた。そこで私は、その塾長に余計なお節介を一つ申し上げた。
何度行っても、
何度紹介しても、
何を書いても、
何の反応もない。
そういう学校とは、付き合い方を少し考えてもいいんじゃないですか、と。
もちろん、見返りを求めて学校説明会に行くわけではない。
「紹介してやったんだから、紹介し返せ」などと言うのは品がない。
ただ、人間関係には相互作用がある。
こちらが一方的に関心を寄せ続け、相手からは何の反応もない。
それでも永久に同じ熱量を保てる人は、そう多くない。
逆に。
「いつもありがとうございます」
「今回も紹介していただきました」
「先生の記事を拝見しました」
この一言があるだけで、人はまた動く。
これは塾に限った話ではない。
地域の人でも、卒業生でも、保護者でも、企業でも、メディアでも同じだ。
学校に好意を寄せ、学校のために何かしてくれる人を見つけたら、その好意に気づき、反応し、感謝を示す。
学校広報では、外へ向けて情報を出すことばかりが重視されがちだ。
だが、本当は、外から返ってきた反応を受け止め、それにもう一度返すところまでが広報なのである。
発信して終わりではない。
「来てくれてありがとう」
「紹介してくれてありがとう」
「応援してくれてありがとう」
その一言が、次の行動を生む。
人は、そういう小さな「報酬」でも動くのだ。
ということで、塾説が始まったのでこの話は終わった。

コメントを残す