休日なので、あまり深刻にならない話を一つ。
 Yahoo!ニュースで次のような記事を見かけた。

「教員免許なし・現場経験ゼロの元YouTuber、24歳で副校長に抜てき 改革と挫折…今も教育に全力」(ENCOUNT、10月25日)

 記事の内容については、正直なところ、いろいろ言いたいことがある。元高校教員としては、ツッコミどころ満載なのだが、それは別の機会に譲る。
 今日、取り上げたいのは「元YouTuber」という肩書である。

◆そもそも職業なのか
 ユーチューバーなんていう職業はないのだ。
 と、昭和生まれの年寄りは思うのである。

 YouTubeという動画配信サイトに動画を投稿する人をユーチューバーと呼ぶようだが、そんなものは誰だってできる。資格も免許も要らない。特別な訓練を受ける必要もない。
 歌を歌えば歌手、料理を教えれば料理研究家、勉強を教えれば教育者。動画を配信するのは活動の手段であって、職業そのものではないだろう。
 もっとも、私はブログを書いているので、ブロガーと呼ばれることがある。こちらも資格も免許も不要だ。他人のことを言えた義理ではない。

 なお、ニュースの見出しに「元YouTuber」と入れた理由はよく分かる。普通に「24歳の若者が副校長に就任」では、さほど目を引かない。そこに「元YouTuber」を加えれば、一気に話題性が増す。
 私も業界人の端くれだから、見出しを考えた人の気持ちは十分に理解できる。

◆成功者を広告塔にする商売
 ユーチューバーが若者の憧れの職業として語られることがある。
 有名になれる。大金を稼げる。好きなことを仕事にできる。
 結構な話である。

 ただ、こういう話を聞くと、年寄りは「また始まったか」と思う。
 新しい商売が生まれる。成功者が現れる。その成功者を広告塔にして、次の参入者を呼び込む。
 昭和、平成、令和と長く生きてきたが、この手の商売は何度も見てきた。
 もちろん、成功者の努力や才能を否定するつもりはない。しかし、華々しい成功者の陰には、うまくいかなかった大勢の人がいる。
 そして、挑戦者が増えれば増えるほど、プラットフォームを運営する側は潤う。
 実によくできた商売である。

◆昔は塾講師という職業もなかった 
 とは言うものの、社会にいろいろな職業が生まれるのは良いことだと思っている。
 昭和20年代、30年代を思い起こせば、今とは比較にならないほど職業の選択肢は少なかった。

 例えば塾講師である。
 昔から学校以外の場所で勉強を教える人もいるにはいたが、塾講師という仕事が現在ほど社会的に認知され、職業として確立していたわけではない。

 が、今はどうだ。
 大学を卒業して塾に就職し、講師として経験を積み、教室長になり、経営者になる。そんな職業人生が普通に成立している。
 社会的信用もあるし、立派に家族を養っている人もいる。中には学校の先生より稼いでいる人だっている。

 まあ、そう考えると、ユーチューバーも同じ道を歩んでいるのかもしれない。
 新しい職業というものは、最初は得体の知れない、怪しげなものに見えるのだ。

◆それで、君は何をしたいのか
 ユーチューバーなんていう職業はないのだ。
 と、威勢よく書き始めたのだが、現実にそれで生活している人がいる。社会的にも認知されている。だったら、職業として認めないわけにはいかないだろう。

 そもそも私自身、教育ジャーナリストという肩書で書いたり話したりしているが、これだって資格や免許が必要なわけではない。
 人の職業にケチをつけている場合ではないのである。

 昭和、平成、令和と生きてきた年寄りとしては、若い人たちが食っていける仕事が増えるのは喜ばしい。
 ただ、将来の夢を聞かれて「ユーチューバーになりたい」と答える若者には、一つだけ聞いてみたい。
 「それで、君は何をする人になりたいの?」