東京マラソン一般参加中止は当然の措置。一度でも参加経験のある人なら納得できるだろう。私も過去4回出場経験があるが、レース前、レース中、レース後のさまざまな場面を思い返してみると、危険がいっぱいだと実感できる。
ただ、出場ランナーの気持ちになって考えると、本当にお気の毒としか言いようがない。なかなか抽選に当たらないし、当たった人は何か月もここに向けて練習してきたわけだからね。来年の優先出場権は与えたほうがいい。
危機管理については以前、「災害のときは『空振り三振』を恐れない対応が良」という記事を書いた(旧ブログ:2018年10月2日付)。
今回は自然災害ではないが、同じことが当てはまるだろう。大袈裟とか臆病とか心配し過ぎとか言う人もいるだろうが、死者や怪我人が出るより、「何だよ、そこまでする必要はなかったじゃないか」と非難された方がよほどましというものだ。
読者の中には、最終決定を下す立場の方も多いと思われるが、まずは早めの決断が肝心である。通常、早ければ早いほど選択肢が多いわけだが、それが迷いを生む。
だが、追い詰められ、取るべき選択肢はただ一つとなってからの決定は誰でもできるのであって、選択肢が多い段階での早めの決断こそがリーダーたる者の仕事である。
もう少し様子を見ましょう。
だからさ。様子を見てりゃ、そのうち一択になるから、誰だって決められるのよ。二択、三択、四択って、いろいろある中から「これだ!」と決断するのがリーダーの責任だって言ってるわけね。
もう少し情報を集めてみましょう。
あのさ。情報収集は部下の仕事だよね。で、部下の集めた情報を基に判断しました、って、これじゃまるで部下に責任を押し付けてるみたいじゃないか。
状況は刻刻変化するわけだから、集まって来る情報もそれに伴って変化する。一体どこで決断下すのよ。「一を聞いて十を知る」じゃないが、少ない情報からでも判断できるのがリーダーってものでしょうが。
新型コロナウイルスに関連した肺炎患者の発生が国内で確認されてから、すでに1か月を経過した。政府は一体いつまで様子を見、情報を集めるんだろう。決断を下して欲しい。野党も後手後手に回る政府の対策を批判するが、その一方で国会では相変わらず桜だ、野次だと騒ぐだけだし、国民の生命を重んじているとは思えない。
個々人や企業の自衛には限度があるから、国として終息に向けた具体策を実行して欲しいと願うのみだ。
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