成人の日である。
 自分にはまったく関係ないので分からないが、さいたま市の二十歳の集いはスーパーアリーナでいいのかな?
 スーパーアリーナは2026年1月13日から最大18カ月をかけての大規模改修に入るというニュースがあったが、今日は使えたのだろうか。
 来年は使えないから、そうなると埼玉スタジアムあたりになるのか。

 私は昭和26年の生まれ。子供のころは分からなかったが、戦後の混乱がようやく落ち着きを見せ始めたのがこの頃らしい。
 成人式を迎えたのは昭和46年である。西暦で1971年。ニクソン・ショックがあった年。
 あれから半世紀以上の時が流れたが、あの頃の「二十歳」と今の「二十歳」を比べると、そこには単なる世代間のギャップでは片付けられない、決定的な構造の違いがあると感じる。

 もちろん、どちらの時代が良いとか悪いとかいう議論をしたいわけではない。ただ、事実として、時代が「大人」に求めるものが全く違うのである。

 昭和46年当時、私は大学生で、いわゆる「親のすねかじり」の身分だった。しかし、当時の大学進学率は全国的に見て20%くらいだったと思う。若者の主流は、高校を卒業してすぐに社会へ出る人々だった。中には中学卒業と同時に集団就職で都会へ出て、歯を食いしばって働く若者も珍しくなかった。

 彼らは成人式を迎える頃には、すでに数年の社会経験を積み、自らの稼ぎで生活を営んでいた。その意味で、当時の成人式は名実ともに「自立した大人」を祝う儀式として、重厚な意味を持っていたのである。

 また、当時の人生設計も今とは大きく異なる。企業の定年は55歳が一般的。平均寿命も65歳か、もう少し上といったところだった。そうなると、二十歳という年齢は、人生の「折り返し地点」とは言わないまでも、残りの人生を少しずつ意識し始める、現実的なスタートラインだったのだ。

 翻って現代はどうだろう。定年は、かつての平均寿命に等しい65歳まで延長され、いまや「人生百年時代」という言葉さえ当たり前になった。寿命が延びるということは、相対的にそれぞれのライフステージの期間も引き延ばされるということだ。

 現在の二十歳を眺めていると、彼らの中身が幼くなったというよりは、社会が彼らに「まだ大人にならなくていいよ」というモラトリアムを与えているように見える。親に立派な衣装を整えてもらい、豪華な会場で記念写真を撮り、家族でお祝いの席を設ける。そのプロセスは、どこか既視感がある。そう、三歳、五歳、七歳の成長を祝った「七五三」の延長線上にあるのだ。

 言わば、現代の成人式は「七五三」という一連の成長記録イベントの「大トリ」であり、「しめ」のような立ち位置に変貌したのではないか。(余談だが、名字に「七五三」と書いて「しめ」と読む方がおられるが、まさに現代の式典はその字のごとく、子供時代の締めくくりを祝う儀式としての色彩が濃い)

◆大人の定義は寿命に合わせて変える
 昭和生まれの年寄りの中には、今の若者の幼児性を嘆く人もいる。しかし、それは個人の責任というより、生存戦略としての時代の要請だろう。

 かつて十五歳で元服していた時代、人生は五十年ほどだった。いつ大人になるべきかは、その人生の総量によって規定される。現代のように人生が百年に及ぶのであれば、精神的な「大人」への成熟を急がせる必要も、物理的に自立させる必要も、後ろ倒しになって当然なのである。

 人生をおよそ三分割して考えてみよう。最初の三十年が準備期間、次の三十年が現役、最後の三十数年が余生。そう考えると、成人式は二十五歳、あるいは三十歳で行うのが今の日本にはちょうどいいのではないか。

 三十歳であれば、大学院を出た人もしっかり社会に根を張り始めている頃だろう。親の側も、昔なら三十の子を持つ親は隠居していたかもしれないが、今の親世代は子供が三十になっても現役バリバリで働いている。親も子も、互いに自立した個人として向き合えるのが、今の時代における「三十歳」という節目ではないか。

 もちろんこれは、十八歳に選挙権を認めるという現在の政治の流れとは真逆の方向であり、制度上の課題は山積みだろう。しかし、若者に「二十歳なんだから早く大人になれ」と急かすのは、人生百年のスパンで見れば少し酷な気がする。

 大人としてのスタート。その号砲を鳴らすのは三十歳でいいじゃなか。
 人生長いんだからあわてることはない。
 のんびり行こうぜ。
 二十歳で大人の自覚?
 なにもそんなに急いで大人になる必要ないじゃないか。
 これが長寿社会に相応しい考え方だろう。

【追記】
 今日の記事。何も調べず、頭も使わず適当なのは、他のことに時間をかけ過ぎたためである。
 一日かけてこれを書いた(noteの記事)。
「2026埼玉県公立入試 第2回進路希望調査 専門学科等全倍率」