今日の話題は、以下の記事の続編(または繰り返し)と言っていい。
令和9年度埼玉公立入試はごまかしの利かない学力勝負へ
実は再来週、2回ほど中学生や保護者の皆さん対象に入試講演会を行うことになっている。
今年の二大テーマは、相手が先生だろうが生徒だろうが、結局は二つに集約される。一つは授業料無償化、もう一つは埼玉県における公立入試改革。
ただ、先生ならば言外の意味を汲み取ってくれるが、中学生にそんな芸当は無理なので、表現の仕方には注意が必要だ。
◆変わる選抜、変わらない本質
令和9年度から、埼玉県公立高校入試で全志願者を対象とした「面接」が導入される。
一見すると、学力や偏差値だけにとらわれない人物重視に変わったかと思われるが、導入の舞台裏を紐解いていくと、県教育委員会の苦心、あるいは「苦し紛れ」とも取れる舞台裏が見えてくる。
◆「部活」が消えた内申書、その穴埋めとしての面接
なぜ今、全員面接なのか。その発端は、教育現場における「働き方改革」と、スポーツ産業育成を背景とした「部活の地域移行」にあると言っていいだろう。
これまで、中学校の先生は生徒の部活動での活躍を、調査書(内申書)の「特別活動の記録」として細かく記載してきた。しかし、活動が学校外のクラブチームなどへ移行すれば、学校側が生徒の活動実態を正確に把握し、責任を持って証明することが困難になる。その結果、調査書から部活動などの教科外活動に関する記載欄が事実上、姿を消すことになったのだ。
これは時代の流れなのだが、ここで一つの問題が浮上する。これまでスポーツや文化活動に心血を注いできた生徒たちの努力や成果を、どう評価するのかという点だ。
そこで県教委が導き出した答えは、「それなら、面接の場で生徒本人にアピールしてもらおう」というものだった。つまり、この全員面接は、選抜基準の高度化を目指した前向きな改革というよりは、記載欄がなくなったことによる評価の穴を埋めるための、いわば「代替案」としての側面が強いのである。私はそのように理解している。
◆「面接」は合否を分けるカギなのか
では、この面接は合否にどの程度影響するのか。
各校が提示した暫定版の選抜方法を確認すると、興味深い事実が浮かび上がる。
選抜資料全体における面接の占める割合は、多くの学校で5%から10%程度に過ぎない。
この数字を見て、「面接が合否を左右する決定打」と考える人は少ないだろう。極端な言い方をすれば、面接の点数差で逆転が起こるケースは極めて稀であり、合否への直接的な影響は「ほとんどない」と言っても過言ではない。
そして、これは前回記事でも強調した点だが、面接という新たな選抜資料が増えた一方で、実際には5教科の学力検査や、9教科の評定(学習の記録)が占める比重が、以前よりも増しているという点を見逃してはならない。
◆それでも「面接」に向き合う意味
中学生向けの入試講演で登壇する際、大人の事情を詳しく話すことはしない。しかし、プロの端くれとして「以前よりも学力重視の傾向が強まっている」という事実は、どうしても伝えなければならない。学校の勉強(授業)はちゃんとやっておきなさい。今日からでもいいからそうしたほうがいいよ、と。
たしかに合否の決定打にはならないかもしれないが、「じゃあ、面接なんて準備しなくていいんだね」と思わせていいのか。
そりゃあまずいだろう。仮にも大昔、先生と呼ばれた人間だ。そして、今も教育界の末端にぶら下がっている者だ。
ここは、面接を単なる「入試のハードル」ではなく、「表現力やコミュニケーション力を高める好機」として捉えてもらえるような方向に持って行かなければならんだろう。
面接という場は、自分の考えを言葉にし、他者に伝える訓練の場だ。このスキルは、高校入試が終わった後の大学入試、就職活動、そして社会に出てからのあらゆる場面で、必ず君たちの武器になる。この際、学校や塾の先生の指導を受けて、こうした能力を少しでも身につけようではないか。そう言ってやるのが大人の務めというものだ。
◆「トーク力」の罠
昨今のメディアやSNSの影響で、世の中には「トーク力」を過大評価する風潮がある。面白おかしく話すことや、その場を盛り上げる機転は、確かに一つの能力ではある。しかし、入試の面接や、その先にある社会で求められる「表現力」の本質は、そこにはない。
表現力の前提、いやその源泉となるのは「思考力」である。
自分の考えが浅ければ、どれほど言葉を飾っても相手の心には響かない。何を考え、どう感じ、なぜその行動を取ったのか。その「思考のプロセス」が伴って初めて、言葉に重みが宿る。
面接の練習をするなら、単に想定質問への回答を暗記するのではなく、自分自身と向き合い、徹底的に考える時間を取ってほしい。面白い話をする必要はない。気が利いたことを言う必要もない。自分の内側にある思考を、自分の言葉で丁寧に紡ぎ出すこと。それこそが、本来あるべき面接の姿であり、これからの時代を生き抜く力になるはずだ。
と、言ってやりたいが、やはり説教臭いか。

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