先日、実に5年ぶりに生活習慣病予防健診を受けてきた。
 こういうものは「そろそろ行かねば」と思いながらも、つい先延ばしにしがちだが、今回は腹をくくった。多少気になっていたのは胃の具合で、どうも逆流性食道炎のような違和感が続いていたからだ。内視鏡検査、いわゆる胃カメラの結果は「食道裂孔ヘルニア(滑脱型)」で、しかも「軽度」とのこと。前回と同じドクターが担当で、過去の画像と見比べながら「前より改善していますね」と言われ、ひとまず胸をなで下ろした。

 血液検査や尿検査の結果はまだ届いていないが、これはもう「出たとこ勝負」である。問題があればそのとき考えればよい。
 むしろ今回、予想外に衝撃だったのは別のところにあった。身長が縮んでいたのである。しかも2~3センチ。測り間違いかと思って聞き返したが、どうやら事実らしい。

 加齢による変化については、これまでも耳にタコができるほど聞かされてきた。「目が見えにくいのは年のせい」「耳が遠いのも年のせい」「関節が痛むのも年のせい」。病院に行けばたいてい最後はそこに落ち着く。
 そしてついに、身長にまでその波が及んだというわけだ。原因が加齢である以上、元に戻る見込みはない。せいぜい進行を緩やかにする程度で、基本的には「これから先、少しずつ小さくなっていく」という現実を受け入れるほかない。

 もっとも、身長が直接の武器になる職業でもない。日常生活に大きな支障が出るわけでもない。そう考えれば「まあいいか」とも思う。とはいえ、かつてバブルの時代に言われた「三高」(高学歴・高収入・高身長)という価値観を思い出すと、時代の移ろいとともに、自分の身体までもが静かに変化していることを実感する。ちなみに、今は「三平」という言葉もあるそうで、平均的収入・平凡な性格・平穏な生活なのだそうだ。

 若い頃、「変わること」は前向きな意味を持っていた。「変化」とは「成長」であり「前進」であり「進化」であったわけだ。
 だが、年齢を重ねた今は違う。「変化」とは「衰退」であり、「後退」であり、「退化」」なのである。だから、「変わること」よりも「変わらないようにすること」に価値があるのだ。
 実際には変化を完全に止めることなどできないが、ならばせめて、その変化を自覚し、受け入れ、願わくば最小限に食い止めながら、日々の営みを整えていくしかないのだろう。

 健診の帰り道、少しだけ背筋を伸ばして歩いてみた。