突然だが、このブログをお読みになっている先生方。皆さんは週何コマの授業を担当されているか。
私は30年前、埼玉県公立高校の教員だった。
当時は週休二日ではなく、月から金までが一日6時間、土曜日4時間で合計34時間の授業コマがあった。
そのうち授業を行うのは約半分の17~18時間だった記憶している。
残りの半分は何も用がないかというと、そんなことはなく、学年・分掌・教科など各種会議があったり、担任をしているとLHRなどもあるから、いわゆる空き時間というのは1日あたり2時間といったところか。
なにせ昔の話なので、細かい記憶は曖昧だ。
教員生活の最後の方は、進路主任とか教務主任といった役が回ってきたので、少ない時で週12時間というのもあった。1日6時間のうち2時間という見当だ。
ただ、その分会議が増えたり、出張が増えたり、事務仕事が増えたりした。
楽になったとするなら、担任もないし、部活も若い先生に任せて副顧問程度だったので、授業以外での生徒との関わりが減ったことか。
授業が減って、担任なくて、部活もそこそこだと、楽は楽なんだが、毎日学校に何しに行ってるんだろうという気分になる。
生徒面談もないし、保護者面談もないし、行事の時だって形だけの係分担しか回って来ないし。
生徒との距離がどんどん離れて行く。
この話、40歳手前の話だ。
まだ体も動くし、気持ちも若い(つもり)だし、何だって生徒と一緒にできる。
ただ当時は教員の平均年齢も若かったので、30代後半になると、何とか主任みたいな役が回ってきてしまう。
教員やってて何が楽しいかといったら、やっぱり授業だし、行事だし、部活だし、要するに生徒と直接関わることなんだ。
それが嫌だというなら先生になんかならないほうがいい。
やつらホントめんどくせー。
半分大人になりかけだけど、やっぱり子供だ。
なんだかんだとまとわりついてくる。
休み時間も昼休みも放課後も「センセー、センセー」と追いかけ回してきやがる。
ウルセーッと言ってやりたいし、実際そうも言った。
だが、それが無くなってきてはじめて気づいた。
結局教員のやりがい、生きがいってそこだったんだ、と。
で、ここで何が言いたいのかというと、教員の働きのことなんだが、授業をしたくないって言ってる人はいないんだね。
いつだって最高の授業してやろうと思ってるし、しっかり準備している。
部活は人によるだろうけど、行事も減らしたくないね。これも一つの成長の場面だから。
面談も相談もいつでもやってやるよ。
何なら一緒に遊んでやるよ。
教員になった以上、そこまではいくらでもやる。
が、そこまでで精一杯。
それ以上は勘弁してくれ。
今の学校はまるでコンビニみたいだ。
ありとあらゆるサービスを引き受けている。
サービス過剰。
いつから、そうなった。
学校が目指す方向は、スーパーやコンビニやドラッグストアじゃなく専門店ではないのか。
だが、はいそれもやります、これも引き受けますと言っているうちに、何でも屋になってしまった。
政治や社会に問題があるのか、親や家庭に問題があるのか?
ただ、学校にも責任の一端はある。
いろいろなことを請け負い過ぎた。
どんな業種でもサービス競争は避けられない面もあるが、結果、自分で自分の首を絞めてしまう危険もある。
教員の数を増やせ、教員の給料を上げろという声があるが、はたしてそれが根本的解決策となるのか。
人手があるんだからもっとやれ、高い給料もらってるんだからもっとやれ。
結局学校のコンビニ化を加速するだけに終わりはしないか。
学校が扱わないサービスや商品があったっていい。
そこをもう一度学校自身が考えてみよう。
そうは言ってもお客様が、受験生や親が、世間が・・・
って言っているうちは、変わらんよ。
私の反省は、学校や先生に、あれをやったらどうか、これをやったらどうかと言い過ぎたことだ。
スマン。
これからは、あれをやめたらどうか、これをやめたらどうかと提案することにしよう。
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