今年最後の発信となる。
 365日、日数分のブログを書き続けてきたが、はたして1年後も続いているだろうか。
 それは分からない。
 10年続けてきたことであるから、あえて止めるという選択はないと思うが、別の理由で途絶えることはあるだろう。

 70歳を過ぎると、衰え行く能力との戦いである。
 年齢とともに、およそ「力」と付くものはすべて衰退するか消滅してしまう。 
 想像力、思考力、判断力、忍耐力、記憶力、注意力・・・。
 数え上げたらきりがない。
 何か一つくらい年齢とともに伸びる力はないのかと思うが、残念ながら思いつかない。たぶんないのだろう。
 考え得る対策はただ一つ。
 衰退のスピードを少しでも緩やかにすることである。

 残されたわずかな力でやり遂げなければならないこと。
 それは「報恩」である。
 これは仏教から来た言葉だと理解している。
 「知恩」「感恩」「報恩」。

 「知恩」。
 自分は誰かに支えられて生きていることを知る。
 「感恩」。
 支えられていることを知れば、ありがたいという感謝の気持ちがわいてくる。
 「報恩」。
 自分を支えてくれた人のために頑張る。

 以前、「報恩の連鎖」という記事を書いた。

 感謝はすぐにできるが、恩返しには時間がかかる(2018年)

 人生でやり残したことがあるとすれば「報恩」である。
 まだ返し切れていない。
 受けた恩の十分の一も返していない。
 自分は埼玉県の教育界で育てられ鍛えられ今日があると思っている。
 じゃあ、少しでも恩を返して人生の幕を閉じようではないか。

 私がしていることは、すべて私がしてもらったことである。
 してくれた人はすでにこの世にいないか、いないも同然なので、いま生きている人に返す。
 そして、私に何かしてもらったと思った人が返そうとしたときに、私はもういない。
 だから、その時は同じことを誰か他の人にしてやってほしい。
 恩のバトンタッチ、報恩の連鎖である。

 とまあ、今にも人生終わりそうなことを書いているが、同世代と比較すれば体力はまだ十分残っているようだから、来年も大丈夫だろう。

 では、良いお年を。