国会での野次が話題になっている。
 高市早苗総理大臣の衆議院における所信表明演説の最中だ。
 立憲民主党の二人の議員(水沼秀幸衆院議員と岡田悟衆院議員)がひどい野次を飛ばした(ようだ)。
 が、それがあまりにうるさくて肝心な演説が聞きとりづらかったではないかと批判を浴びている。
 どうやら、かれらはネット上で袋叩きに合っているらしい。
 お気の毒に。

 1年生議員で国会質問などまだできないので「ヤジ将軍」を任じられているのだろう。
 かれらは忠実に任務を果たしただけで、本来なら仲間から「よくやった」「良かったよ」「これからもその調子で」と賞賛されるはずだった。
 だが、前任の石破茂、前々任の岸田文雄と違って、明らかに追い風に吹いている高市早苗には逆効果だった。

◆子供に見せられない 
 この手の話題で必ず登場するのが、「子供の教育上良くない」「子供に見せられない」などという批判だ。
 しかし、こういう人は独身なのか子供がいないのか、いずれにしても身近に子供がいない人だろう。

 子供は政治になんか興味がないから国会中継なんて見ない。
 テレビのニュースも見ない。
 総理大臣が変わったことすら知らない子供が大半だ。

 こういう、なんでも子供をだしに批判をする習慣は良くないな。
 国会における不規則発言(議事と無関係な発言やヤジなどを指す議会用語)は、子供抜きに考えよう。
 大人の問題である。

◆ヤジが許されるくらいが・・・
 さて、大人の問題として考えた場合、私個人としては、議会におけるヤジは許容できる。
 特に筋書きが決まっており、パフォーマンス中心の本会議なら、ある程度許されていいだろう。
 もちろん、何でもありの無法地帯は困るので、一定の品位を保つべきなのは当然だ。

 「本気かよ」「できるのか」「うそばっかり」
 こんなことを一言発した途端に議場からつまみ出され、下手をすれば立場も失ってしまいそうな国だってある。
 (そういう事実を確認したわけではなく、あくまでも印象だが)
 それよりも、多少のおきて破りが大目に見られる国のほうがいい。

 繰り返す。
 二言目には、「教育上よくない」「子供に説明できない(見せられない)」と、教育する気も、説明する気もないのに子供を持ち出して批判するのはよろしくない。

 最後に小ネタ。
 「野次」は「野次馬」から来ている。
 で、「野次馬」は「おやじ馬」、つまり「年老いた馬」が略されたものである。
 騒ぐばかりの暴れ馬も年老いた馬と同様、役に立たないことから「おやじ馬→やじ馬」と呼ぶようになった。
 そうか。私は「野次馬」なのか。
(なお、上記の出典は漢検のホームページである)