高校の紹介では、「文武両道」と並んで「歴史と伝統」という言葉がよく使われる。「本校は明治創立の伝統校です」「創立百年を超える歴史があります」といった説明である。

 確かに、長い歴史は学校にとって大きな財産であり、簡単にまねできるものではない。と言うより、先を行く学校が潰れないかぎり、永久に追いつくことができない絶対的な優位性だ。進学実績や部活実績なら追いつき追い越すことができるが、「歴史と伝統」はそれができない。だから学校側が、それを誇りとして語りたくなる気持ちはよく分かる。
 だが、それが学校側の期待するほど中学生に響いていないのではないかというのが今日のお題だ。

◆「老舗」はなぜ価値になるのか
 世の中には「老舗」と呼ばれる企業や商店がある。「創業二百年」「明治〇年創業」といった言葉は、確かに売りになる。長く続いてきた事実から、品質の確かさや信用、経営の安定などを想像できるからだ。

 その伝でいけば、学校の「明治創立」や「創立百年」も十分に魅力になりそうである。実際、保護者には響くことが多いだろう。長い歴史の中に、地域からの信頼、教育経験の蓄積、多くの卒業生の活躍、進路実績の厚みなどを読み取ることができるからである。

 しかし、中学生はどうだろう。
 まだ14~15年しか生きていない若者にとって、百年という時間は、ただ「とても長い」という以上には想像しにくい。明治、大正、昭和と学校の歩みを説明されても、それが自分の高校生活とどう結び付くのかは見えにくい。

◆面接の答は本心ではない
 面接で「なぜ本校を志望しましたか」と尋ねれば、「歴史と伝統に魅力を感じました」と答える受験生もいるだろう。しかし、それをそのまま本心だと思わないほうがよい。
 学校説明会や学校案内で繰り返し聞いた言葉を、模範的な志望理由としてなぞっている可能性もある。もちろん、うそをついているわけではない。ただ、「そう答えるのが正解らしい」と考えているだけかもしれない。

 自分自身のことを言わせてもらえば、「歴史と伝統」のありがたみを多少なりとも感じるようになったのは、卒業してからのことだった。在学中は、日々の授業や部活動、友人関係のほうがはるかに重要だった。これは多くの中学生にも共通する感覚ではないか。もし、本気で「歴史と伝統」の魅力を感じているのだとしたら、人生2周目か3周目である可能性が高い。

 中学生が知りたいのは、学校の百年前ではない。自分が入学した後の三年間である。

◆歴史はキミたちに何を与えるか
 と、ここまで「歴史と伝統」をやや否定的に語ってきたが、それを語るなという話ではない。前述したように、それは逆転されることのない絶対的優位性であるからだ。
 大事なのは、それを現在の価値に翻訳することだ。

 「創立百年です」ではなく、「百年にわたる進路指導の経験があります」と伝える。「卒業生が何万人います」ではなく、「さまざまな分野で活躍する卒業生が在校生を支えています」と語る。「地域に根差した伝統校です」ではなく、「長い間、地域から信頼され、親子二代、三代で通う家庭があります」と説明する。

 つまり、年数を語るのではなく、その年数によって何が蓄積されたのかを示すのである。
 伝統についても同じだ。「昔から変わらない学校」と受け取られては逆効果になる。守るべきものは守りながら、変えるべきものは変えてきた。その結果として今の教育があると語るべきだろう。

◆「伝統校です」で説明を終えない
 歴史と伝統は、確かに学校の強みであるが、それは子供には伝わりにくい価値でもある。
 保護者には「信用」や「安心」として届いても、中学生にはそのままでは届かない。だから学校側は、百年の歴史が、これから入学するキミたちの高校生活に何をもたらすのかを説明する責任がある。

 これまでの説明は「本校は伝統校です」で終わっていないだろうか。

 「歴史と伝統」は前面に掲げる看板ではなく、むしろ今の教育を支える土台である。
 その土台の上で、キミたちはどのように学び、成長できるのか。そこまで語って初めて、百年の重みが15歳に届くだろう。