西に東に、取材の多い1週間だった。
取材とは文字通り、報道や記事執筆のための材料(素材)を取るための活動である。
その中の中心的な活動としてインタビューがある。
学校の先生方は、仕事上で、新聞・雑誌・テレビなどの取材を受ける機会があるだろう。
その場合、結構時間がとられるのではないだろうか。
たくさんの質問を受け、たくさん答える。
だが、実際の記事になってみたら、ほんの数行。
放送を見てみたら、ほんの数秒。
なんだよ、あんなにたくさん喋らせたくせに・・・
と、私も取材される立場だったときはそう思った。
多くの時間とエネルギーを費やしたのに、報われない気持ちになった。
なぜ、数十分が数行や数秒になってしまうのか。
今ならその理由がよく分かる。
◆読者目線でキーワードを探す
インタビューに答える側は、当然ながら自分目線で話す。
言いたいことを言う。
知って欲しいことを言う。
それでいい。
しかし、記事を書く側は、読者サイドから見ている(聞いている)。
話し手にとって重要であっても、読者にとってはそうでないと判断することがある。
記事は読まれなければ価値がないので、読者が興味を持ちそうな部分が優先的に選ばれる。
話を聞きながら、「ここは書いても読まれないだろうな」、「他に何かないかな」と思いつつ、次々と質問をぶつけて行く。
そうすると、「おっ、これは行けるかも」という話が引き出せる。
そんなわけで、どうしても時間がかかる。
◆背景理解
正確な記事をかくためには、背景を理解しておく必要がある。
話の全体像や、微妙なニュアンスを把握しておく必要がある。
そのこと自体は書かないのだが、背景理解が不足していると、見当はずれの記事になってしまう危険性がある。
そこで、書かないけれど聞いておくという作業が発生し、それも取材を長くしてしまう一因となる。
◆編集の都合
新聞や雑誌の記事には文字数制限がある。
どんなに良い話であっても、スペースの関係で削らなくてはならないこともある。
テレビなら業界用語で言うところの「尺(しゃく)」、つまり時間の制約があって、削らなくてはならないことがある。
たくさん聞いておいて、ちょっとだけとなるのは、編集上の都合も大きい。
以上、せっかく取材対応したのに、これっぽっちかよとご不満をお持ちの皆様への言い訳である。

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