受験シーズンが佳境に入ると、生徒や保護者から必ずと言っていいほど投げかけられる質問がある。
私はリアルな現場で受験生を指導しているわけではないので、進学情報誌を通してこのような質問を受けるということだ。
「もし合格できたとしても、ギリギリの成績で入ったら後が大変ですよね? それならワンランク下げて、トップにいたほうが内申点も取れるし、自信を失わずに済むんじゃないでしょうか」
いわゆる「鶏口となるか、牛後となるか」という議論だ。
これは、どちらが正解という単純な話ではない。
しかし、短い期間ではあるが教育現場に身を置いた者としての経験から、多少なりともアドバイスはできそうだ。
◆環境が人を育てる「ピア効果」の正体
無理をしてでも上位校を目指すべき最大の理由は、教育経済学や心理学で語られる「ピア効果(Peer Effect)」にある。
ピア効果とは、一言で言えば「仲間(ピア)から受ける影響」のことだ。
能力や意欲が高い集団の中に身を置くと、周囲の学習習慣や規範意識の高さに感化され、自身のパフォーマンスも引き上げられる現象を指す。
その昔、私が担任したA君は、入試ではほぼ最下位で合格した。
最後の一人か二人というところでギリギリで入った。
しかしA君は、自分の実力をよく知っていたので、授業には人一倍真剣に取り組んだ。
かれは、「先生が何を言っているのかが分からない」だけでなく「レベルが高すぎて周りの会話にもついていけない」と嘆いた。
が、ここからがピア効果の真骨頂だった。
クラスでは、休み時間に分からなかった問題を友達同士教え合うということが普通に行われていた。
先生のところに質問に行く友達もいた。
こうしたことは自分の中学校時代にはなかったことだ。
こうして徐々に、A君にとっての「普通」や「当たり前」の基準が書き換えられていった。
これが、「朱に交われば赤くなる」ピア効果だ。
かれは3年後、何と国立大学に合格した。
◆「鶏口」の甘い罠と、「牛後」の自己肯定感
一方、ランクを下げてトップを狙う戦略が有効な場合もある。
これは「自己効力感」の維持という点で説得力がある。
常に「自分はできる」と感じられる環境は、精神衛生上非常によろしい。
また近年、指定校推薦や総合型選抜など、評定平均値(内申点)が重要視される入試形態が増えているため、ランクを下げることは戦略的にも有効である。
だが、ここには落とし穴がある。
「トップ校で深海魚(成績下位)になるのは嫌だ」と、余裕のある中堅校に進学した生徒がいた。
最初の定期テストで学年1位を取った。
しかし、周囲には「大学なんて行ければどこでもいい」という雰囲気の生徒も多かった。
人間は、易きに流れる生き物だ。
次第に「これくらいで1位が取れるなら」と学習時間を減らし、スマホを触る時間が増えた。
3年生になる頃には、かつての学力貯金は底をつき、成績は「中堅校の中位」に埋没してしまった。
いわば「負のピア効果」だ。
周囲の意識の低さに、自分を同調させてしまったのだ。
◆どちらを選ぶべきかの「最終判断基準」
さあ、この問題、どう決断したらいいのか。
たとえば、負けず嫌いで、競争心がある子は、少し「背伸び」をした方がいいかもしれない。
ある程度打たれ強く、一時的な劣等感をバネにできる子は、多少無理をしてでも上位校へ行くほうがいいだろう。
たとえ最下位からのスタートであっても、周りの高い基準が彼らを引き上げてくれる。
一方、自分のペースを崩さず、コツコツ努力できる子や、いわゆる褒められて伸びるタイプは、ランクを下げた学校でトップを維持し、自己肯定感を高めながら推薦枠を勝ち取る戦略がハマるだろう。
ランクを下げれば、生徒会や部活でリーダーシップを取ることも増えるだろうから、そこでも貴重な体験ができる。
結論。
正解は「入学後」にしか分からない。
結局のところ、「絶対の正解」はない。
重要なのは、どちらの道を選んだとしても、「自分が選んだ道を正解にする」という覚悟を持てるかどうかだ。
「上位校に入ったから安泰」でもなければ、「ランクを下げたから楽勝」でもない。
上位校で打ちのめされて挫折する子もいれば、中堅校で自分を伸ばし夢を実現させる子もいる。
間もなく人生を終わる私が言っても、あまり説得力がないが、楽な道よりも、少し負荷のかかる道のほうが、10代の脳と心は劇的に成長すると思う。
たとえそこで「牛後」になったとしても、高いレベルで揉まれた経験は、将来社会に出たときの強靭な「知の体力」となるはずだからだ。

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