上智大学の中野晃一教授が少し前(7月8日)、Twitterにこんな投稿をした
 
 

 これに対し、社会学者の古市憲寿氏がデイリー新潮紙上で次のように反論した。 
 「スポーツしかできないバカ」発言に見る大学教授の思い上がり 他者の「自由」を守る態度の重要性
 古市氏はまず、「中野さんの知名度の低さゆえ炎上は小さかったが」と軽くジャブをかました上で、「絵に描いたような大学教授らしい発言である」、「仮にスポーツ選手がスポーツしかできないバカなら、大学教授は研究しかできないバカだ」と述べるのである。

 ちなみに、古市氏は県立越谷北高校から慶応大学(後、東京大学大学院)。
 中野氏は県立伊奈学園高校から東京大学(現在、上智大学教授)。
 (Wikipediaによる)
 
 で、以上は単なる前振りで、今日のお題は「スポーツバカの時代は終わった」である。
 終わったという以上、以前はスポーツバカの時代であったと認めているようなものだが、そう言われても仕方ない状況が現実にはあった。
 バカは言い過ぎにしても、彼らはおおむねお勉強とは縁遠い生活を送ってきた。

 しかし、近頃はプロ野球選手や大相撲の元力士が大学院で博士号を取るのも珍しくなくなってきた。
 ラグビーの福岡堅樹選手が順天堂大学医学部に入ったり、柔道の朝比奈沙羅選手が獨協大学医学部に入ったり。
 むろんレアなケースだからこそニュースになるわけで、どこにでもある話ではないが、競技人生が終わった後の生き方にこうしたケースが加わったのは好ましいことだ。

 トップアスリートである間はなかなか学業との両立は難しいが、いわば時間差で文武を両立する生き方であり、その意味で「スポーツバカの時代は終わった」。
 もう「頭も筋肉」などとは言わせない。

 スポーツで培った頑健は身体。集中力と忍耐力と協調性。これに明晰な頭脳が加われば無敵だ。
 むしろこれからは、受験勉強しか出来ない「勉強バカ」が蔑まれる。
 今までも受験秀才とか呼ばれ、お勉強はできるけどそれ以外はどうもね、という連中はいたわけだが、これからは彼らにとって生きづらい時代になるぞ。
 そういう時代にならなければいけない。

 こういうのは、おそらく人生が長くなったことと関係している。
 受験勉強頑張って、いい大学に入って、そのブランド力だけで50年、60年を生きようというのは無理なのだ。
 まあ、昭和まで、ぎりぎり平成までの生き方ということか。

 しかし、そうなると、小中高といった10代の若い時代に、何をどう学び、経験しておくかがますます重要になるね。
 種を蒔いておかないと花も咲かないし実を結ばないわけだから。
 先生方、そこのとこよろしくお願いします。

 ※追伸
 昨日のワクチン接種の結果。腕を上げたときのみ上腕部に軽い痛みがある。熱は出ず、今日も横浜まで取材に出かける。
 これといった変化がないのは、1回目であることと、年をとって反応が鈍くなっているためと考えられる。