つい最近、教員免許制度について書いたばかりだが、埼玉県でもさっそく失効案件が出たので触れておこう。
 埼玉県西部地区の30代女性教員が更新を怠ったため失職した。
 それを伝えるニュースがこちら。

埼玉新聞 令和3年6月3日付


 ニュースの元となった県発表の資料はこちら。
 news2021060201

◆気の毒だが自己責任
 失職とはお気の毒と思うが、これが現行の法・制度に基づく措置であるから仕方ない。
 昨日まで授業や指導を受けていた生徒の心情を察すれば、何とか救済してあげたいが無理だ。
 いきなり無職になって、明日からどうやって食っていくのかと心配したりもする。
 けれど、感情論で法・制度を曲げてはならないのだ。

 「うっかり」は自己責任だと考える人もいるだろう。
 私もどちらかというと、その考えに近い。
 むろん私自身は、完全無欠とは程遠く、年中「うっかり」ミスをやらかしている。
 だが、仮に自分の「うっかり」で不利益を被っても、それは自分の責任だと受け止める。
 つい他人のせいにしたくなる。
 法・制度の欠陥を口にしたくなる。
 が、そこをグッとこらえて自分責任。

◆管理職(校長)の責任はどこまでか
 新聞の見出しに、「期限迫るも管理職から声掛けなく」とある。
 校長にも責任があると言いたいのか。
 しかし、記事にもあるように、県教委は、「更新講習の受講、申請期間や確認期限を記載した教員個人向けの確認票を、学校を通して毎年秋ごろに配布している」のである。
 実は私もこのことは知らなかった。
 そこまでしてもらって、なぜ確認しなかった。

 相手が子供ならば、文書を手渡しただけでは徹底しない恐れがあるから口頭でも注意喚起する。
 しかし相手は先生なのだから、確認票を渡せば十分だろう。
 
 が、県教委はそれでもまだ安心できないと考えたのか「期限が迫る教員には、各校の管理職が特に注意して確認するよう通知している」(記事より)。
 まあ校長に落ち度があったとしたらこのあたりか。
 本人への声掛けについてはどこにも規定はない。
 校長が「あなた、期限切れ間近ですよ」と口頭で伝えなかったとしても、特に問題とはならないだろう。

◆そもそも無用な制度だが
 さて、ここまでご本人の責任であると書いてきたが、そもそも免許更新制度そのものが意味のない無用の制度なのである。
 この制度がなくなっても、教育の質が低下する心配はまったくない。
 なくす方向で検討が進んでいるようなので、早くしてもらいたい。
 そうすれば、このような不幸は事件はなくなる。

 が、いったん作ってしまった法・制度をなくすには時間がかかる。
 継続したい勢力もあるだろうから全廃にはならない可能性もある。
 となれば当面、制度運用面を再考することで今回のような事案を回避しなければならない。

◆いっそ教室に貼りだせば 
 教員免許状というのは、車の免許などと違っていつも持ち歩くものではない。
 飲食店や不動産業その他が許可証を店に貼りだしたりしているが、そういうのとも違う。
 だから、教員同士は、お互いがどんな種類の免許を持っているか、また、いつ取得したかを知らない。
 知っているのは本人と管理職と教育委員会だけ。

 で、ここからは素人考えだが、免許状をもっとオープンなものにしてしまうのも一つの手だ。
 一種の営業許可証のようなものだから、むしろ公開が原則でいい。

 携帯に入れていつも持ち歩く。
 名刺には免許状番号を刷り込む。
 不動産業や旅行業のように(1)とか(2)とか更新回数を入れることにしてもいい。

 校長の名刺見たら番号がない。
 校長「民間出身なもんで無免許なんです」

 学校要覧の教職員に関する調べには、着任年月日のほか免許取得年月日も入れることにする。

 何なら担任している教室に貼りだしておく。
 生徒「あれっ、先生もうじき免許切れじゃん」。
 生徒は目ざとい。

 要は免許状をもっと頻繁に意識するようにするのだ。
 無いとその職業に就けないほどのものだから個人情報じゃなく公開情報でしょう。