講演やプレゼンで、よく「つかみ」ということが言われる。聴衆の心を「つかむ」の意だ。
 授業の場合なら「導入」に当たる部分だ。
 ただ、授業は気心の知れた同士なのに対し、講演やプレゼンは初対面の人が相手となるので、「つかみ」は難しい。
 私も、この出だしの「つかみ」を失敗して、悲惨な目に遭ったことが何度もある。

 私の場合、講演会やセミナーはアウェーの戦いになることが多い。
 呼ばれて行って敵地というのも何だが、これはつまり、初めて行く学校、初めて行く塾というほどの意味だ。

 その際、まずはその学校や地域のことを徹底調査して行く。
 まあ、これは話を上手くやるためと言うより、呼ばれた者の礼儀みたいなものだ。
 
 「つかみ」でよくあるのは、「ご当地ネタ」を盛り込むという手だ。
 自分の住んでいる町を知ってくれている。
 あるいはわざわざ調べてきてくれた。
 これはたいていの場合、好印象を与える。
 ただ、熊谷に行って「日本一暑い町」とか、深谷に行って「渋沢栄一の生誕地」とか、そういう誰でも知っているような話題では「アホか」と言われるだけなので、人ひねり加える必要がある。

 「つかみ」は今日の天気でも、最近のニュースでも、何なら自己紹介でもいい。
 大事なのは、「つかんだ!」と思ったら、すぐに本題に入って行くことだ。
 ところが、変に受けたり、笑いをとったりすると、調子に乗ってさらに続けてしまう。
 「つかみ」は瞬間芸に近いものだから長く続けたり、繰り返したりしてはいけない。
 これは私自身の数々の失敗から得た教訓だ。

 理想を言えば、冒頭の「つかみ」が落語の「まくら(枕)」のように、実は本題につながっていたという形になるといいが、これは相当に高度な芸で、私もまだ習得できていない。
 
 学校説明会の挨拶やプレゼンでは、無理やり笑いを取りに行く必要はない。
 聞き手(受験生・保護者)は真剣なのだ。遊びに来ているわけじゃない。
 とは言え、適度にリラックスして聞いてもらわないと、話が頭に入らないだろうから、適度なユーモアはあってもいい。

 浦高の説明会に行くと、いかにも男子校っぽい行事を紹介しながら、「言い忘れましたが、本校は男子校です」とか言うのが定番になっているが、面白くねえ。
 校内ラグビー大会で教員チームが優勝してしまう大人気なさは受ける。
 生徒が折々に作る短歌を紹介するが、これは男子校の悲哀がにじみ出ており、ほっこりする。

 話を戻す。
 最近、偶然見かけた学校説明会動画を一つ紹介しておこう。
 
 「県立深谷第一高校説明会 校長挨拶」(動画8分29秒)

 校長先生は、当日参加しているであろう中学校の名を次々に挙げる。
 「○○中学校は何部が活躍しました」「すごいです」「みんな頑張っています」
 近隣からの入学者が多い地域密着型の高校だからこそできることだが、「つかみ」としてはよく出来ていると思った。

 さらに小道具(スマホ)を取り出して音楽を流した。
 私は知らん曲だが、子供たちは知っているのだろう。
 校長は軽くリズムをとり、ついには踊りだした。というのは嘘で、ここでは大阪桐蔭高校吹奏楽のエピソードを取り上げた。

 で、要するにここまでの前振りは、「実は本校の生徒も同じように頑張っている」という話につなげるためだった。
 冒頭から「本校の部活動は」と自慢するより、好印象を持たれたのではないか。
 後半ではしっかりとわが校をアピールしているが、前半の「つかみ」の上手さですんなりと頭に入ってくる。

 学校の立ち位置により、いろいろなやり方があると思うが、参考例として紹介した。