高齢者にとって深夜に及ぶ仕事はさすがにつらいものがある。
 どうしても翌朝、つまり今日の朝までに仕上げなければならない仕事があり、昨夜は深夜12時過ぎまで働いた。
 若い皆さん方からすれば、それがどうしたというところだろうが、まあ、そのうち分かるさ。

 夜が遅かった分、翌日ゆっくりすればいいのだが、間の悪いことに今日は午前中に学校アポを入れていた。
 それが終わり事務所に戻り昼飯を食ったら、どっと眠気が襲ってきた。
 もちろん寝た。
 寝ると言ったって事務所にベッドやソファがあるわけじゃないから、椅子に座ったまま眠るスタイル。

 誤解なきよう言っておくが、いつもこんな生活をしているわけではない。
 たまたまだ。
 むしろ暇な時のほうが多い。

 忙しいというなら、サラリーマン時代のほうがよほど忙しかったし、さらに言えばその前の教員時代のほうがもっと忙しかった。
 
 経験的に言えば、昼間の時間帯、つまり勤務時間内の忙しさは、どんな仕事もあまり変わりない。
 ただ、教員の場合、お持ち帰りの仕事が多かった。
 皆さん「風呂敷残業」という言葉ご存知だろう。
 
 今の若い人だと「風呂敷? って、それ何」といったところだろう。
 「風呂場で敷くやつだから、バスマット?」とか言いかねない。
 実は、それ正解。
 教員時代、「風呂敷って、室町時代、風呂に入る時使ったから風呂敷って言うんだぜ」と、日本史の時間に話した覚えがある。

 で、風呂敷残業だが、今風に言えば「お持ち帰り残業」か「テイクアウト残業」といったところだろう。
 家で何をやるかというと教材研究、つまり授業の準備だ。
 事務的な仕事のこともあるが、私の場合、あまり頭を使わない単純作業は得意だったのだ。
 だから、そういのはほぼほぼ学校内で完結させる。
 問題は授業だ。
 教員やってる以上、教科書レベルは完璧に頭に入っているが、知っていれば授業ができるというものじゃない。

 実を言うと、教員になる前は、知っていることを話すんだから楽な商売だと思っていた。
 だがすぐに、自分が知っているということと、人に教えるということは、まったく別物だと気づかされる。
 さあ、それからは猛勉強の日々。
 高校生の時よりも、大学受験の時よりも、むろん大学生のときよりも勉強したかもしれない。

 よく先生は毎年同じことを教えているのだから楽だろうと言われるが、そういう馬鹿は私の周りにはいなかったな。
 かの漱石先生も「精神的に向上心のないやつは馬鹿だ」と言っておられる。
 いい授業への情熱はむしろ年をおうごとに高まってくるものだ。
 スポーツ選手がもっと上手くなろう、強くなろうと技術練習や体力トレーニングを欠かさないのと一緒で、教員はもっといいい授業をするために、日々準備を欠かさないのだ。

 この教材研究(授業準備)というやつを勤務時間内に完結させられればいいのだが、いま振り返ってみても、どこにそんな時間があったかなという日常だった。
 それでも私が教員だった40年前は、世間の教員に対する目もそれほど厳しくなく、夏休みなんてその気になればほとんど休めた。
 「先生は夏休みがあっていいわね」とよく言われたものだ。
 羨ましかったら先生になれよ。

 だが、それも今は昔。
 働き方改革が叫ばれているが、はるか昔に教員だった私の目からは、みんな一斉に同じ方向を向き同じ働き方をさせるための施策に見える。
 改革の美名の下、管理強化を図っているんじゃあるまいか。
 働き方改革と言えば何でも通ってしまう風潮は、ちょっぴり警戒したほうがいい。