市役所から一通の往復ハガキが届いた。
 満75歳を迎える敬老の日のタイミングで支給される「敬老祝い金」の案内だ。
 支給額は5000円。その後は80歳、85歳、90歳と5歳刻みで支給され、80歳以降は1万円に増額されるのだという。

 最初にその金額を見たとき、正直言って一桁見間違えたのではないかと我が目を疑った。金額としてはいかにもしょぼい。
 往復ハガキに振込先口座を記入し、期限までに返信しなければ受け取れない仕組みだ。文句があるなら返事を出さなければ済むだけの話ではある。
 しかし、高齢者福祉の現場で何が行われているのかを考えると、そこには冷徹な行政のロジックが透けて見えるのである。

◆「減税」や「給付増」を行わない行政側の事情
 高齢者になったからといって、税金や社会保険料の徴収が免除されるわけではない。所得税や住民税はしっかり引き落とされ、介護保険料や後期高齢者医療保険料の負担もズシリと重くのしかかる。一方で年金を受給しているとはいえ、差し引きの生活実感としては厳しいものがある。

 本当に高齢者を敬う気持ちがあるならば、税金や保険料を月に5000円とは言わないまでも、1000円ずつでも減額してくれた方がよほどありがたい。年間で1万2000円の負担軽減になる。あるいは、年金を月額1000円引き上げても実質的な効果は同じだ。

 だが、行政は絶対にそうした手法をとらない。保険料率の改定や減税措置、年金支給額の変更には法改正や条例改正が必要となり、それに伴うシステム改修や事務処理のコストは膨大なものになるからだ。一度引き下げた負担を再び引き上げる際の政治的リスクも計り知れない。

◆申請主義とコスパ
 その点、「申請してきた人にだけ一律5000円を振り込む」という方式は、行政にとって実に都合が良い。

 第一に、予算の枠があらかじめ限定され、コントロールが容易であること。第二に、往復ハガキによる「申請主義」をとることで、申請漏れや自発的な辞退者の分だけ給付予算を浮かせられることだ。全員に自動で届かない仕組みにすること自体が、給付総額を抑える仕組みとして機能している。

 そして何より大きいのが、「高齢者を大切にしています」という広報上のパフォーマンス効果だ。自治体の広報誌や実績報告書には「長寿祝金の支給」として立派な事業名が並ぶ。少ない予算と限られた事務負担で、最大の「やっている感」を演出できるわけだ。

 制度の裏側にあるのは、行政側のコストパフォーマンスの計算である。一見すると親切な「お祝い金」の通知ハガキだが、その正体は、制度改正の面倒を避けつつ福祉のアピールを果たすために誰かが考えたつまらん政策だ。