このところ、繰り返しFacebookについて書いている。
今日もその話だ。
第一弾。
一周回ってFacebookもありではないか~高校SNS広報次の一手~
第二弾。
大人向け広報という考え方があってもいい
Instagramを主として中学生、つまり将来の受験生に向けた媒体と位置づけるなら、Facebookには別の役割を持たせた方がいい。
その役割を一言で表すなら、「支えられる(ための)広報」である。
◆Instagramは「選ばれるための広報」
現在、埼玉県内では多くの高校が公式Instagramを運用している。
写真や動画を通して授業、部活動、学校行事、生徒の日常などを伝える。中学生に学校を知ってもらい、「この学校に行ってみたい」「ここで高校生活を送りたい」と思ってもらう。
これは言ってみれば「選ばれるための広報」である。
Facebookで同じことを繰り返す必要はない。
Facebookは今や若者のSNSというより、大人のSNSと考えた方が分かりやすい。
ならば、その特性を生かして、学校を「選ぶ人」ではなく、「支える人」に向けて情報を発信してはどうかというのが私の提案だ。
◆高校は地域の生命線でもある
学校広報というと、どうしても生徒募集が先に立つ。
もちろん、それは重要である。最重要と位置付けていいだろう。
しかし高校は、単に生徒を集めて教育する施設ではない。地域社会を構成する重要な存在でもある。
町から高校がなくなれば、若者が減る。通学する生徒が減れば、地域の商店や交通にも影響する。卒業後、その地域に戻って働く若者も減るかもしれない。
場合によっては、過疎化をさらに加速させる。
そう考えれば、高校は地域の生命線と言っても決して大げさではない。
だからこそ、学校は日頃から地域の大人に向けても、自分たちが何をしているのか、地域にどんな価値を提供しているのかを伝えておく必要がある。
◆理解者から協力者、そして支援者へ
大人向け広報の最初の目的は、いきなり支援を求めることではない。
まず理解者になってもらうことである。
地元の行政、企業、各種団体、地域住民、卒業生などに、
「この学校はどんな教育をしているのか」
「どんな生徒が育っているのか」
「地域とどんな関わりを持っているのか」
を知ってもらう。
理解が深まれば、次は協力者になってくれる可能性がある。
講師を派遣してくれる。職場体験を受け入れてくれる。場所を貸してくれる。学校行事に力を貸してくれる。
そして、そのもう一つ先に支援者がいる。
支援とは寄付などの資金面だけではない。人材、設備、情報、機会、ネットワークなど、形はいくらでもある。
「理解者 → 協力者 → 支援者」
地域の中に支援者が増えれば、それは長期的に見て学校経営の安定につながる。
Facebookは、その入り口をつくる一つの手段になり得る。
◆ただし、仕事は増やさない
と、ここまで書くと、「Instagramに加えてFacebookまでやれというのか」と先生方からため息が聞こえてきそうである。
その懸念はもっともだ。
少子化によって高校の規模が縮小すれば、定員が減るだけではない。教員数も減る。
仕事量がそれに比例して減ればいいが、現実はそう簡単ではない。
一人の先生が担当する業務はむしろ増えている。
Instagramですら「誰がやるのか」で止まっている学校があるのに、そこへ新しい媒体を一つ追加するだけでは、うまくいくはずがない。
だから、「Facebookという新しい仕事を増やす」という考え方はやめた方がいい。
◆素材の使い回し
必要なのは、媒体を増やすことではなく、一つの素材を使い回す仕組みである。
たとえば地域連携の行事があったとする。
写真を数枚撮る。担当者が簡単な事実関係を書く。生徒や先生の短いコメントを一つ取る。
素材はこれだけでいい。
Instagramでは、中学生向けに写真や動画を中心に短く伝える。
Facebookでは、同じ素材を使いながら、「なぜこの活動を行ったのか」「地域にとってどんな意味があるのか」「生徒は何を学んだのか」を少し補足する。
そして、学校ホームページには、正式な記録として残しておく。
つまり、「一つ作って、三つに使う」。
取材は一回。素材も一回。
媒体ごとにゼロから作り直さない。
これなら仕事量が三倍になることはない。
◆Facebookは「選抜転載」
さらに言えば、Instagramの投稿を全部Facebookにも載せる必要はない。
Facebookに回すのは、大人向け広報として意味のあるものだけでいい。
地域連携、企業連携、探究活動、進路指導、卒業生の活躍、社会貢献、学校経営に関わる取り組みなどである。
Instagram投稿のうち2割、3割を選んで再編集するくらいで十分だろう。
毎日更新する必要もない。
週1回でも月数回でもいい。
重要なのは投稿数ではなく、「この学校は地域とどう関わり、どんな価値を生み出しているか」という情報が少しずつ蓄積されていくことである。
◆無理なく続けられること
Facebookを始めること自体に価値があるわけではない。
目的は、地域の大人たちに学校を理解してもらい、やがて協力者、支援者になってもらうことである。
だから、Facebookを使わなくても他にいい手段があれば、それでいい。
ただ、すでにInstagramを運用している学校なら、同じMeta社のサービスであるFacebookは比較的連携しやすい。(このことは前にも述べた)
新しい仕事を一つ増やすのではなく、今ある広報から「大人向け情報」だけを枝分かれさせる。
そのくらいの感覚で始めるのが現実的だと思う。
地域から支えられる学校になるために、先生方の仕事をさらに増やし、疲弊させてしまっては本末転倒である。
支えられる広報は、まず広報担当者自身が無理なく続けられる仕組みでなければならない。ここを外してはいけない。

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