地味な企画だが、「校長は何を語ったか・・・」は毎回、結構読まれている。
 講話や式辞は、授業とは違った難しさがあるはずだが、経験がないのでよく分からない。
 その上で言うが、名言の引用ではなく、校長先生自身が「自分の言葉」で語っていただきたいと思うのである。語るべき材料は、名言集の中ではなく、学校の中にころがっている。

 もちろん、引用を一切排除する必要はない。自分の経験や観察から生まれた考えがまずあり、それを補強したり、別の角度から照らしたりするために古典や名言を使うのであれば、引用は有効である。順序の問題だ。
 名言を見つけてから話を作るのではなく、伝えたいことが先にあり、そのために必要なら引用する。この原則で十分だろう。

 さて、今回もたくさんの校長先生の講話を拝読したわけだが、その中から2本を取り上げ、解説を試みようと思う。
 あくまでも相手(生徒)が目の前にいて、学校が置かれている立場もそれぞれであるから、甲乙をつけられるようなものではない。この手法、このアプローチ、自分も応用してみよう思ったというくらいの話である。

◆この「掴み(つかみ)」は応用できるかも・・・
 導入部分(いわゆる「掴み」の部分)で、文字通り生徒の心をしっかり掴んでいるのが杉戸高校・中村修二校長の講話だ。

●杉戸(中村修二校長)【校長日誌】第1学期終業式

「いよいよ、1学期の終業式を迎えました。まずは皆さん、この1学期、本当にお疲れさまでした。4月8日から4か月間、皆さん一人一人には、色々なことがあったかと思いますし、様々な経験を積むことで、確実に成長してくれたのではないかと思います。また、いつも話をしていますが、皆さんが命にかかわるような大きな事件や事故に巻き込まれることなく、こうして終業式に参加してくれている状況を見て、本当にありがたいことだと思っています。いつも通りこうして終業式ができることを、皆さんと喜びたいと思います」

 夏休みを控え、「命の大切さ」を訴える校長は多い。
 だが、この講話では「命を大切にしなさい」という上から目線の説教や注意喚起ではなく、「命の大切さ」を「感謝と喜び」に変換している。「事故に遭わないように」と命の重さを教訓として語るのではなく、「今こうして元気にここにいてくれること(生存)そのものが、私にとってありがたく、嬉しい」という主観的・感情的なアプローチを取っている。「大切にしなさい」と指示するのではなく、「あなたが存在していることが尊い」というメッセージが直接心に届く構成になっている。
 また、「4月8日から4か月間」と具体的な日付と期間を出し、「いつも通りこうして集まれていること」という目の前の事実を再認識させ、当たり前になりがちな「いつもの終業式」という風景を、「奇跡的でありがたい瞬間」へと価値転換させる巧みな導線だ。
 さらに、冒頭の「まずは皆さん、この1学期、本当にお疲れさまでした」というねぎらいの言葉から始まり、「皆さんと一緒に喜びたい」と結んでいる。校長と生徒という立場を超え、同じ時間を無事に過ごした仲間として生徒をリスペクトしている姿勢が滲み出ている。

 私は、講話ではないが中学生に話をする機会がある。
 まずは「感謝と喜び」を伝える。
 実践してみよう。

◆自己肯定感マックスへ
 これまで成功体験が少なく、自分に自信を持てずにきた生徒が多いとすれば、このようなアプローチは有効ではないかと思われるのが蓮田松韻・鈴木紀幸校長の講話だ。

●蓮田松韻(鈴木紀幸校長)「令和8年度 1学期終業式 ~何かに夢中になる夏~」

「私は、この1学期を振り返って、「皆さんの成長を数多く見ることができた学期」だったと感じています。その象徴が体育祭です。(中略)初めて全校生徒の前で紹介される団長・副団長は、緊張と照れた様子で挨拶をしている姿が印象的でしたが、その後のカラーセレクションや色別集会を通じて、各団が団結していく様子を見ていて、体育祭の大成功を予感しました。いざ、本番が始まると来賓の皆様からも松韻高校のまとまる力や盛り上がりに圧倒されて、驚きと感銘を受けたと評価をいただきました。特に、市内の中学校の校長先生方は、高校生のパワーに圧倒され、ここまでみんなで作り上げる体育祭は見たことがなく、とても松韻高校の良さが伝わってきたとお褒めの言葉をいただきました
 競技では最後まで全力を尽くし、学年隔たりなく大きな声で応援し、それぞれが自分の役割を責任をもって果たす姿がありました。勝って喜ぶ生徒もいれば、負けて悔しそうにしている生徒もいましたが、そのどちらにも共通していたのは、「仲間とともにチャレンジしよう」という強い思いでした。
 (中略)体育祭を支えた団長・副団長・体育委員はもちろんのこと、そのリーダーシップに導かれて自分の力を発揮していく生徒皆さんの行動の一つ一つが、体育祭を盛り上げ、楽しさや充実感、達成感を味わえた行事として、高校生活の思い出に残るものとなったのではないでしょうか。私は、皆さんが団結しようとする協調性、自分の役割を果たそうとする責任感、頑張っている仲間を応援しようという思いやりの心、最後まであきらめない強い心、難しい競技にも果敢に挑もうとするチャレンジ精神、このような力が確実に育ち、成長しているなと実感しました
 皆さんの成長は、体育祭だけではありません。日々の授業や学校生活、そして部活動でも、挑戦を続ける姿がたくさん見られました。(中略)野球部が夏の大会で見事に初戦を突破しました。男子バスケットボール部、女子バレーボール部は、県大会まであと一歩というところまで力をつけてきました。サッカー部は、U18リーグで実践から学び成長を続け、卓球部やテニス部は少ないながらも日々の練習を積み重ね、着実に力をつけています。陸上部は、県予選でも上位に進出する実力を養い、弓道部では、高校から始めた生徒たちが段位認定を受けるほどに成長しています
 (中略)家庭科や商業科、地歴公民科においても、たくさんの生徒が各種検定試験を突破しています。皆さんがそれぞれに挑戦し、昨日の自分より少しでも成長しようと努力してきた、その過程こそが、この1学期の成果です

 講話では、「君たちはすごい」と直接言うだけでなく、「来賓や近隣の中学校の校長先生方が驚き、褒めていた」という事実を伝えている。身内の褒め言葉だと「どうせお世辞だろう」と受け流しがちだが、外部の大人、特に「かつて自分たちを見ていた(かもしれない)中学校の校長先生」からの絶賛であると伝えることで、「自分たちの頑張りは客観的に見ても価値があるんだ」という強い説得力を生み出している。
 また、結果が出た部だけでなく「少ない人数でコツコツ頑張る部」や「高校から始めて段位を取った部」など、生徒一人ひとりの「小さな挑戦と成長」に光を当てている。
 他者や偏差値というモノサシで測りがちな生徒に対して、「比べるべきは過去の自分だ」と提示し、「自分を褒めてあげましょう」で締めくくる。これは、生徒たちが「自分を認めていいんだ」と安心して前を向くための、最高の後押しになっている。

 講演会では、主催者から「少し厳しい話をしてください」と頼まれることも多いが、相手が子供だろうが大人だろうが、やはり存在を認めリスペクトするところから入らないとね。
 これも実践してみよう。