最初に言っておくが、思いっきり雑談である。今日は受験生向け記事を2本書いたので、ここでバランスを取る。
 
 忘年会の誘いがきた。
 好きじゃないが、今年はまだ1回もないから、出てもいい。

 幹事役(言いだしっぺ)が一人いる。
 メールのCCを見ると、7人ほどに声掛けしているようだ。
 まず、日にちについて尋ねてきた。
 候補日がAとBの二つあって、都合はいかがか。

 私は、Bが好ましいが、Aでも何とかなりそうなので、「どっちでもいい」と回答した。
 その方がまとまりやすかろうと思ったからだ。
 そういう人もいたが、予想通り、Aは不可、Bは不可もいた。
 
 結果。
 ◆A、Bどっちでも 3人
 ◆A希望 2人
 ◆B希望 1人
 まあ普通に考えればAに決まりだ。

 が、たかが忘年会でごちゃごちゃ言いたくないが、私はこの尋ね方はまずいと幹事さんに言った。
 都合はどうですかと尋ねられたので「どっちでもいい」と答えたのであって、もし、希望日をどちらか一方選べと聞かれたらBを選んだのである。
 仮に、私以外の「どっちでもいい」2人も、私同様どちらか一方ならBと考えていたとする。
 すると、尋ね方次第ではBが多数派となったかもしれないのである。
 尋ね方って重要だね。

 今回の場合だったら、「ご都合いかがでしょうか」といった曖昧な聞き方ではなく、「AとB、どちらか一方を選んで下さい。同数の場合は勝手ながら幹事において決定します」で良かった。
 あるいはまた、最初から日にちを決め、「A(またはB)に行います。参加できる方はご連絡ください」で良かった。

 で、とりあえず多数の支持を得たと考えられる(実際は逆かもしれないが)Aに決まりだろう。
 そう思っていると、今度は「AもBも都合の悪い人がそれぞれいるのでCのご都合はどうですか?」と来た。
 おいおい、なんで話を面倒な方向に持って行くんだよ。
 二択から三択にしたら、さらに話は複雑化するぞ。

 ブログ読者は先生方が多いから、「多数決のわな」とか「コンドルセパラドックス」というのをご存知だと思うが、こういう場合、決着がつかなかったり、最悪の結論が多数派となってしまうことがあるんだ。
 むろん理論上の話だけど。

 多数決を甘く見てはいかんな。
 というか、何でもかんでも多数決で決めようと思っちゃいけない。
 今はどうか知らんが、我々世代は「民主主義=多数決=善」と刷り込まれてしまっているから、つい多数決に走るが、多数決では一人一人の願いや思いの強さや濃さは測れないからね。
 間違った方法ではないが、限界というものもある。

 私は個人で仕事をしているので、多数決により意思決定をするということがない。
 会議はいつも自分の頭の中だ。
 しかし、組織の場合はそうは行かず、みんなで意見を出し合い、最後は多数決ということも多いだろう。
 手続き的にはそれで正しいのかもしれない。
 ただ、みんなして間違った結論を出してしまう可能性だってある。

 後になって分かることだが、たった一人の意見が結果的には正しかったということもあり得る。
 少数意見を尊重しろというのは、結局そこのところを言っているのだろう。
 単なる逆張りやへそ曲がりは放っておいていいが、真摯な少数意見には耳を傾けなくてはいかんな。

 と、雑談と言いつつ、説教じみた話になった。

 それにしても早く日にち決めてくれ。
 そうじゃないと、だんだんストレスになってくる。