教員の働き方改革の議論の中で、教員の数を増やせという主張が見られる。
 教員希望者が少ない現状を見れば、はたしてそんなことが可能なのかと思うが、多忙からの解放には、仕事の総量を減らすか人数を増やすかのどちらかしかないと思われるので、検討に値する論ではあるだろう。

 このことを考える中で、ふと思い出したのが、有名なパーキンソンの法則である。
 皆さん一度は触れたことがあるだろうが、念のため書いておく。

 パーキンソンの第1法則
 「仕事の量は、完成のために与えられた時間をすべて満たすまで膨張する」
 パーキンソンの第2法則
 「支出の額は、収入の額に達するまで膨張する」

 元々はイギリスの官僚制批判として唱えられたらしいが、汎用性が高いとみえて、多方面で利用されている。
 で、この第一法則をいささか乱暴に学校や先生の働き方に当てはめてみる。
 すると、「時間があれば、あった分だけ使うので、結局、多忙(感)の解消にはならない」という結論に至る。

 一人で二日かかる仕事があったとする。
 そこにもう一人援軍がやって来た。
 二日かかる仕事が一日で終わるようになった。
 と、ここまではいい。
 
 では浮いた一日をどうするか。
 休養に当てたり、遊びに当てればいいのだが、そこに別の仕事を入れてしまう。
 これでは永遠に多忙から解放されず、多忙感も解消されない。
 だから、増員によって多忙からの解放を目指すのは、短期的には効果があったとしても、少し長い目でみるとあまり有効な策とはならないと思うのである。

 むろん、人数を増やすことがいけないというのではない。
 増やしても仕事量が変わらず、多忙からの解放につながらないという構造に問題があると言いたいのだ。

 昔話で恐縮だが、私の時代はすべてが手仕事だった。
 世の中にパソコンというものがなかったからだ。
 今は学校業務のデジタル化がどんどん進んでいる。
 さぞ余裕が生まれただろうと思いきや、まったく変わらないという。
 むしろ、さらに忙しくなったという声さえ聞こえる。

 では、どうしたら良いか。
 休日返上で働く先生がいい先生。
 朝早く来るのがいい先生。
 夜遅くまで働くのがいい先生。

 こうした価値観からの脱却が必要なのだ。
 それは先生たち自身だけでなく、保護者にも求められる。

 「テストは時間ギリギリまで粘りましょう、見直しましょう」
 いや、終わったんだったら、頭休ませようよ。
 「お掃除の時間は、めいっぱい頑張りましょう」
 いや、綺麗になったら時間前でも終わりにしようよ。

 もちろん、「時間めいっぱい」がいい場合だってある。
 ケースバイケースだ。
 にしても、成果や価値を時間で評価するという文化から脱しないと、新しい世界は見えてこない。

 会議を減らしても、行事を精選しても、テストの回数を減らしても、業務を外注しても、空いた時間に新しい別の仕事を入れたら、問題解決には至らない。