高校生が会社を作る。
 そんな話を聞くと、「ほう、今どきだね」と思う一方で、零細ながら実際に会社をやっている身としては、少々意地悪なことも言いたくなる。
 まあ、所詮は「会社ごっこ」である。

 本物の会社なら、失敗しました、勉強になりました、では済まない。売れなければ赤字になる。資金繰りに行き詰まれば会社は潰れる。場合によっては経営者は全財産を失い、多額の借金も背負う。
 まさか高校生にそんなものを背負わせるわけにはいかない。
 だから「会社ごっこ」でいいのである。
 いや、むしろ高校生だからこそ、大いに会社ごっこをやったらいい。

 埼玉県立所沢高校では、生徒たちの活動から生まれた「This」が今年、実際に株式会社として登記された。中学生への学習支援や地域企業との商品開発などを重ね、会社という形にまでたどり着いた。

所沢高生が株式会社設立 6年越しの登記「やっと」 地元パン店とプロジェクト進行中  「本物の会社の仕組みを体験して学んで」(10月10日 埼玉新聞)

 一方、この春、高校再編によって誕生した県立八潮フロンティア高校も「高校生株式会社」を教育の柱の一つに掲げている。
 今年度は企画や起業家講演会、来年度に会社の設立・登記を予定している。

 ここまで来ると、会社について勉強するのではなく、会社をやりながら勉強する、と言った方が良さそうだ。
 会社を作れば、社名を考えなければならない。何を売るか決めなければならない。仕入れもある。価格設定もある。広報も必要だ。売れなければ、その理由を考える。
 何より、一人ではできない。
 仲間と相談し、役割を分担し、時には意見がぶつかる。外に出れば、先生でも親でもない大人と話をすることになる。企業の人、役所の人、お客さん。学校の中だけでは出会わない人々だ。
 これだけでも十分に意味がある。

 そこで思う。
 こうなったら、農業高校、工業高校、商業高校は「一校一社」で会社を作ったらどうか。
 半分冗談に聞こえるかもしれないが、結構本気だ。
 農業高校なら、作る、加工する、売る。
 工業高校なら、考える、作る、直す。
 商業高校なら、企画する、仕入れる、売る、帳簿をつける。
 
 すでに学校で学んでいることばかりである。
 それを会社という一つの仕組みの中でつないでみる。

 もちろん、最初からうまくいく必要などない。
 商品が売れなくてもいい。
 企画が外れてもいい。
 仲間同士で揉めてもいい。
 大事なのは、なぜ失敗したかを考え、次にどうするかを考えることだ。

 この失敗してもいいというところが、本物の会社と学校との決定的な違いである。
 本物の会社は、失敗すると致命傷になることがある。
 学校では、そうならないように大人がセーフティーネットを用意することができる。

 失敗できる。
 やり直せる。もう一度挑戦できる。
 それでこそ学校であり、だからこそ教育なのだ。
 (校長先生の講話で一番多いのは「失敗を恐れるな」)

 高校生株式会社の目的は、将来の起業家を育てることだけではない。
 実際に会社を興す生徒など、ごく一部だろう。
 それでも会社をやってみれば、働くとは何か、を考えることになるだろう。

 なぜ人は働くのか。
 誰のために働くのか。
 利益とは何か。
 責任とは何か。

 「働く」ということを、自分の経験として考える機会になる。
 それだけでも十分ではないか。

 近年、アントレプレナーシップ教育という言葉をよく聞く。
 しかしこれは、全員を起業家にしようとするものではない。
 ただ、自分で考え、誰かと協力し、社会と関わり、失敗し、そこからまた考える。
 それができる若者は、会社を作ろうが、会社員になろうが、公務員になろうが、きっと世の中の役に立つ人材となるだろう。

 大人になれば、「会社ごっこ」などやっている暇はない。
 やるなら高校生のうちだ。
 零細ながら会社をやっている年寄りは、そう思うのである。