リップサービス(lip service)。日本語で言えば「お世辞」。いや、もうそのまま日本語になっているか。
 東京五輪組織委員会会長を降りることになった森喜朗氏は、リップサービスがお好き、というかお得意な方とお見受けする。
 ところが、人はしばしば得意なことで失敗する。
 という話は、はるか昔の徒然草「高名の木登り」にも書いてあったと思う。

 森氏は首相時代、神道政治連盟国会議員懇談会という場で、いわゆる「神の国発言」というのをやってしまった。
 これでマスコミや世間から徹底的に叩かれた。
 文字に起こせば4千文字に及ぶ挨拶の中から、「日本の国、まさに天皇を中心としている神の国であるぞ」を見事に切り取ったわけだが、ここを見逃さなかったマスコミは大したものだ。
 森氏にしてみれば、神道政治連盟という内輪の集まりでもあるし、リップサービスの意味合いもあっただろうに。
 「物言えば唇寒し秋の風」(松尾芭蕉)。
 余計なことを言って災いを招いた一例だ。

 リップサービスなんてものは、言っても言わなくてもどうでもいいのだが、場を和ませようとか、笑いを取ろうとか、まあ受け狙いで言ってしまうことがある。
 私もしばしば人前に立つので、リップサービスはするほうだ。
 講演会のような堅い場面では、言葉選びに慎重になるし、大体は原稿を用意して話す。
 だが、会合で挨拶を頼まれたときなどは場を和ませる意味でもリップサービスをする。
 それが大人の作法というものだ。

 リップサービスは何もご挨拶の場面だけでなく、取引先との商談の場面でも、社内での上司とのやり取りの中でも、また、もしかしたら友人との会話や恋人同士の会話の中でも頻繁に用いられているものだ。
 今までお世辞を口にしたことないない人っている?
 滅多にいないと思うよ。
 
 度が過ぎると嫌味だし嘘になるが、上手なリップサービスは人間関係の潤滑油。
 お世辞と言ってしまうと、何だかいやらしい感じになるが、相手を認めたり、賞賛するんだったら、どんどんリップサービスしましょう。
 これでコミュニケーションが円滑になれば、お互いのためだ。

 ところで。
 前述の芭蕉の「物言えば~」の句の前に、こんな言葉が添えられている。
 「人の短をいふ事なかれ 己が長をとく事なかれ

 グサッと来る言葉だ。

 我流の解釈だが、人の悪口を言うな、自慢話をするな、ってことでしょう。
 でも、やっちゃうんだよね。
 気づいたらやってる。

 悪口を言うのも、自慢話をするのも、たぶん根っこは一緒。
 他人によく思われたいとか、認めてもらいたいとか、自己承認欲求がなせる業ってところかな。
 むろんこうした欲求は自己肯定感にもつながるし、努力の原動力にもなりそうだから、全否定はできないが、それにしても節度をもってやらないとね。
 人生死ぬまで修業だ。