埼玉県公立高校入試では、令和9年度から全受験生に面接が課される。
個人面接か集団面接かは各校判断となるが、現実の試験運営を考えれば、一人あるいは一組あたり10~15分程度が上限だろう。
では、この限られた時間の中で受験生をどう評価するのか。
そこには当然、「面接官としての技術」が問われるはずだというのが今日のテーマである。
今、世の中にあふれているのは「受験生向け面接対策」ばかりである。
「はきはきと話せ」
「服装や髪型は整えろ」
「結論から話せ」
「志望理由はこう答えろ」
と、さまざまな情報(アドバイス)が飛び交っている。
が、その一方で、「面接官は何を学ぶべきか」という議論は驚くほど少ない。
面接とは本来、受験生だけが努力すれば成立するものではない。
質問する側にも高度な技能が必要である。
むしろ、評価権を持つ面接官側こそ、より厳密な訓練が求められる。
例えば、同じ質問でも聞き方ひとつで受験生の反応は大きく変わる。
圧迫的な態度になれば、本来の力を発揮できない生徒もいる。
(いわゆる圧迫面接が高校入試で行われる可能性はないが、意図せざる部分で、結果的に圧力をかけてしまう恐れはある。あるいはそう受け取られてしまう可能性はある)
また逆に、誘導的な質問をしてしまえば、公平性が損なわれるかもしれない。
面接官によって評価基準がばらつけば、「誰が担当したか」で結果が左右される危険すらある。
高校入試では、相手は15歳前後の中学生である。
社会経験も乏しく、緊張もしやすい。
短時間で「人物像」を見抜くこと自体が極めて難しい。
にもかかわらず、面接官側が十分な研修を受けないまま実施するのであれば、それは制度としてかなり危ういと言わざるを得ない。
企業の採用面接では、近年かなり体系的な研修が行われていると聞く。
評価項目の統一、質問方法、バイアスの除去、ハラスメント防止など、多くの企業が面接官トレーニングを導入している。
面接は「経験と勘」で行うものではなく、一定の専門性を持つ業務だという認識が広がっているからだ。
ところが学校現場では、「教員なのだから面接くらいできるだろう」という空気がまだ強いように見える。
もちろん、生徒指導や保護者対応を通じて、教員は日常的に人と向き合っている。
しかし、それと「入試面接」は別物である。
入試面接には、公平性、再現性、評価の妥当性が求められる。
しかも、それは受験生の進路を左右する高い公共性を持つ。
であれば、教育委員会が行うべきは、受験生向けの「面接対策動画」を増やすことだけではないだろう。
「令和9年度埼玉県公立高等学校入学者選抜における面接について」
これはこれで必要かつ有益な情報であるが、それとは別に、教員向けの面接官研修を制度的に整備することが必要だろう。
例えば、評価基準の共有、模擬面接による採点演習、複数評価者間のズレの検証、質問例の研究など、やるべきことはいくらでもある。
少なくとも新卒採用の教員が、「初めて面接官を任されるが特に研修はなかった」という状況は避けるべきだろう。
そもそも、面接が導入される理由は、「学力試験だけでは測れない部分を見るため」のはずである。
だが、測る側の技術が未熟なら、その理念自体が空回りしかねない。
評価の信頼性が低ければ、受験生や保護者の不信感も高まるだろう。
入試制度改革では、どうしても「受験生に何を求めるか」が注目される。
しかし同時に、「実施側がどこまで準備できているか」も重要である。
全員面接を課すのであれば、面接官にも全員研修を課すべきだ。
これは新制度を公平で納得感あるものにするための必要条件なのである。
【追記】
採用面接とも違う、カウンセラーの面接とも違う「高校入試面接の技法」がすでに研修を通じて全教員に共有されているとすれば、まったく勘違いの記事になる。だとしたら大変申し訳ない。

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