「埼玉県虐待禁止条例」に関する続報である。
 本日(10月10日)、埼玉県自民党県議団は、条例改正案を取り下げると発表した。
 委員会審議を終えた段階での取り下げは異例である。
 
埼玉の「放置禁止」条例案、自民県議団が取り下げ…説明不足で「全国に不安の声広がった」(讀賣新聞オンライン)

 今回の騒動、テレビ・新聞側の勝ち。
 最大の勝因は、ネーミング。
 虐待禁止条例を留守番禁止条例、放置禁止条例などと言い換えた。
 これが読者、視聴者に受けた。

 虐待禁止は誰も反対しないが、留守番禁止、放置禁止、おつかい禁止となると、「おいおい、ちょっと待て」となる。
 自民党県議団としても、まさかそこを突かれるとは思わなかっただろう。
 
 このネーミングにより一気に反対の声が広がった。
 最初は街の声を拾う程度だったが、テレビコメンテーターはこぞって批判の声をあげた。
 一人や二人、賛成の声があがってもよさそうだが、そういう街の声はカットされる。
 テレビコメンテーターも構成台本に沿って喋る人なので、反対意見に同調するしかない。
 かくして反対一色の世論づくりに成功。

 様子をうかがっていた政治家たちも、空気を読んで疑問の声をあげるようになった。
 野党議員ならまだしも、県選出の国会議員からも見放されて万事休す。

 残念なのは、この一連の騒動(まだ完全収束はしていないが)の中で、虐待をいかに防ぐかについてまったくと言っていいほど議論されなかったことだ。
 虐待禁止条例の話題に虐待の語が登場しないのは何とも不思議なことだ。
 これは、前述したようにテレビ・新聞側のネーミングの妙というものである。
 読者・視聴者は、完全に子育て論、働き方論の方向に引っ張られた。

 では、テレビ・新聞側が悪いのか。

 どうもそうとばかりは言えないというのが率直な感想だ。
 一昨日のブログにも書いたが、今回の改正案の中に違和感を覚える部分がある。
 待機児童に関する条文だ。
 虐待の直接的な原因とは思えない待機児童問題をここで取り上げるのはどう考えても不自然だ。
 何か裏がありそうだ。

 委員会審議の過程で無所属会派の議員から修正案が出されたが否決された。
 修正案では、待機児童に関する条文の削除を求めていた。
 これは無理筋だろうと考えた議員もいたということだ。

 テレビ・新聞側のミスリードも問題だが、重大問題にかこつけて得体の知れない条文を滑り込ませるような姑息なやり方も問題だ。
 仕切り直しとなったことで結果オーライ。