還暦を少し手前にした、57、58歳のオジサン、オバサンたちと会う機会があった。
 いわゆるクラス会である。私はかつての担任ということで、ゲストとして混ぜてもらった。

 彼らも間もなく60歳になる。だが、当然ながら多くは現役で働いている。
 定年を前にして多少先行きが気になり始める年齢ではあるが、世間一般の感覚からすれば、まだ「高齢者」と呼ぶには早過ぎるだろう。

 3年か4年に一度は集まっているから、今さら自己紹介でもない。
 近況報告といっても、それほど新しい話が次々に出てくるわけではない。

 結婚した、離婚した、孫ができた。まだ高校生や大学生の親をやっている。病気をした。親を見送った。転職した等々。
 人生も後半に入ると、近況報告には明るい話と重い話が自然に入り交じる。
 若いころのように、昇進した、家を買った、子どもが生まれたという上向きの話ばかりではない。
 それでも、昔の仲間と会えば、たいていの話は最後には笑い話になる。クラス会とはそんな場である。

 さて、宴も終盤にさしかかったところで、幹事役が言った。「近況報告もいいけど、将来の希望を話そうよ」
 なかなか良い提案だ。きっと担任の指導が良かったのだろう。彼らは常に前を向いて生きる人間に育った。

 退職したら旅行をしたい。趣味を本格的に始めたい。孫と遊びたい。資格を取りたい。小さな店をやってみたい。田舎暮らしをしてみたい。
 それぞれが、これから先の夢や希望を語った。

 そして当然のように、こちらに話が回ってきた。
 「先生の将来の夢や希望は何ですか」
 うーん、これは75歳の高齢者にはなかなか厳しい質問であるぞ。
 なぜなら、将来という言葉を口にした瞬間、「もし生きていたら」という但し書きを付けなくてはならないからだ。

 5年先なら80歳。10年先なら85歳。
 もちろん元気でいる可能性はある。今は90歳、100歳まで生きる人も珍しくない。
 だが、自分がそこにいることを当然の前提にはできない。
 50代の彼らには、まだこの心境は理解できないだろう。

 何か買い物をして、店員から「これは丈夫ですから10年は持ちますよ」と勧められることがある。
 そう言われても、品物より先にこちらが持たなくなる可能性がある。
 「いや、そんなに長持ちしなくていいよ」
 半分は冗談だが、半分は本気だ。

 若いころ、将来とは可能性を意味していた。
 何になろうか、どこへ行こうか、何を手に入れようか。将来は現在よりも大きく、明るく、広いものだった。
 だが、年齢を重ねると、将来という言葉には少しずつ別の意味が加わってくる。
 老い、病気、別れ、そして死である。

 高齢者にとって、将来は死を抜きには考えられない。これは悲観でも弱気でもない。ただの現実である。
 では、年寄りは将来を考えなくてよいのか。夢や希望を持たなくてもよいのか。
 もちろん、そんなことはないだろう。

 ただし、若者と同じような夢を持つ必要はない。
 若いころの夢は、何者かになることだった。仕事で成功する。家庭を築く。財産をつくる。世の中に認められる。
 未来の自分に何かを付け加えていく夢である。

 高齢者の夢は、もう少し違ってよい。
 何者かになるのではなく、どのように生きるか。何を手に入れるかではなく、何を手放すか。どれほど大きなことを成し遂げるかではなく、今日や明日をどう面白く過ごすか。
 これまで知ったことを誰かに伝える。若い人の役に立つ。会いたい人に会う。行きたい場所に行く。本を読む。文章を書く。昨日まで知らなかったことを一つ知る。
 そんなものでも、立派な将来の希望だと思う。

 そもそも、将来とは10年先や20年先だけを指すものではない。
 来年も将来である。来月も、来週も、明日も将来だ。
 75歳に20年先の夢を語れというのは少々酷だが、明日何をするかなら考えられる。来月誰に会うか、今年中に何を書くかなら決められる。

 若者は人生を年単位で考える。
 一方、高齢者は季節単位で考え、やがて月単位、週単位で考えるようになる。
 それでも、前を向いていることに変わりはない。

 そして、ここが重要なところだが、死を意識するからこそ、やりたいことがより鮮明になる場合もある。
 時間が無限にあると思えば、先延ばしにできる。
 だが、残り時間が限られていると分かれば、つまらない争いなどに時間を使うのが惜しくなる。

 死を考えることは、残された時間をどう使うかを真剣に考えることである。

 「もし生きていたら」の前提は外せないが、それでも、「生きていたら何をするか」は考えられる。
 だから年寄りにも将来はある。
 ただし、その将来は、遥かかなた遠い地平線の向こうにあるのではない。まあ、明日の朝あたりか