ラグビーワールドカップ日本終戦。ただし、試合のレベルはこれから準決、決勝とさらに高くなるからそれを楽しもう。当然、テレビ放送ありだよな。
 それにしてもニッポンよくやった。私はこれで存外素直な人間なんだよ。

 でも、中にはああだこうだとケチをつける人間がいる。ネットに「興味ねえ」とか書き込むバカもいる。「興味ねえ」なら黙ってろ。誰もテメエの興味なんか聞いてねえよ。
 
 一体、何が原因でこういう人間が出来てしまうのだろう。
 ギリギリ教育界の片隅にいる者として、いつもこのことが気になるのである。

 何も一切を肯定せよなどとは言わない。
 ただ、肯定と否定、楽観と悲観、そういうものはバランスであるから、どっちか一方に偏っては行けない。肯定派・楽観派ばかりでは、アクセルだけのクルマのようで、これはこれで極まりない。その逆も然り。世の中すべからくバランスである。

 私は根が暗い人間で、放っておくと、つい否定、悲観に走ってしまうタイプだと自覚している。若いときは、それでもまだ自制が利いていたのだが、年をとると抑えが利かなくなる。みんなの周りにもいるだろ、ありとあらゆることに文句つけるジジイ。それだよ。批判と悪口の境目が判断できなくなる。本人、真っ当な批判をしているつもりだが、他人が聞いたらただの文句。みんなも気を付けたほうがいい。

 ほめ言葉のボキャブラリーを増やす。
 これが私の心がけ。
 言葉が気持ちを変えるということだってある。

 そりゃあ、つまらんものはつまらんし、まずいものはまずいのだが、「結構手間かかったでしょう」とか「ずいぶん勉強したんでしょう」くらいのことを言えば、「そうでもないですよ」と言いながら相手は笑顔になる。その笑顔で多少なりとも、つまらなさやまずさも緩和される。
 ほめ言葉の効用だ。

 「ブログを読む限りでは、そうは思えない」
 そうですか。そいつは申し訳ない。まだ修業が足りないってことだ。

 ケチをつけたり、悪口・陰口ばっかりの子は、ほめ言葉のボキャブラリーが不足しており、その効用に気づいていない可能性がある。そのまま大人にしてしまうのは可哀想だ。「オマエ、文句ばっかりだな」と言う代わりに、ほめ言葉のシャワーを浴びせてあげよう。