アマゾンから紙の本が出せるようになった。
 「キンドル・ダイレクト・パブリッシング(KDP)」という電子書籍出版のサービスは以前からあった。
 しかし、タブレット端末などで読む電子書籍だけでなく、紙でも出したいという要望もあり、それに応えたものだ。

 まだ始まったばかりのサービスなので、この先の展開は分からないが、自費出版を考えている人には朗報かもしれない。
 で、この話は次回に回すとして、今日は最近私の周りで起こった出版にまつわる話を紹介しておこう。
 
◆人生の集大成としての出版
 企業を定年退職した人(Yさんとしておこう)が、知り合いに勧められ、本を出すことになった。
 仕事や遊びなど、定年後のさまざまなチャレンジを綴った本だ。
 私はYさんとは遊びの方で付き合っている。
 遊びで付き合うのは不謹慎だが、遊びの方で付き合うのは問題ない
 山登りしたり、マラソン走ったり。
 念のためYさんは爺さんだ。

 出版の話を聞いたのはコロナ以前だから、かれこれ2年以上は経っている。
 本を出すんだったら、出版社経験がある私に一言相談してくれればよかったのにと思うが、なにせ遊びの方で付き合っているのでそういう展開にならなかった。

 1週間ぐらい前、Yさんから原稿が送られてきた。
 本の中に私も登場するので、一応目を通して欲しいということらしい。
 厳しいことをズバズバ言う男として描かれているが、当たらずといえども遠からずで、それはまあいい。

◆えっ、契約書まだなの
 私はYさんに尋ねた。
 自費出版だと思うけど、どういう条件になってるんですか?
 印刷部数とか買取条件とか印税率とか販売方法とか契約交わしました?

 するとYさん。
 いや、契約書はまだだけど、商業出版ですよ。
 3000部印刷して書店でも販売すると言ってます。

 うーん、危険な匂い
 たしかに、自費出版なんてものは1000部も作れば多い方で3000部なら商業出版と言えなくもない。
 だが、商業出版というのは出版社側が企画し、著者にお願いして書いてもらうものだ。
 売れれば出版社も著者も儲かるが、売れなければ損害は出版社が被る。

 ド素人のデビュー作、そしておそらくは最終作となるであろう本を商業出版で3000部。
 ないない。絶対ない
 書店で販売するから商業出版というのはYさんの勝手な解釈だろう。
 自分の本が本屋の店頭に並ぶと聞いて舞い上がっちゃったんだな。

 この、「あなたの本が書店に並びます」というのは自費出版を扱う出版社の典型的な売り文句だ。
 もちろん、自費出版であってもISBNコードをつけ、取次通しで書店に配本することはできる。
 (※ISBNはInternational Standard Book Number の略称で、その書籍の識別番号。バーコードの傍に記してある)
 ただし、書店店頭に華々しく並ぶかどうかは分からない。いや、並ばないだろう。

 私は出版社時代、出版に関わることは全部経験させてもらった。
 その中に書店営業というのがあって、それをやらないと本は売れない。
 出版社に出来るのは広告宣伝するところまでで、実際に本を売るのは書店(員)だ。
 だから紀伊國屋とか丸善とか三省堂とかいろんな書店を回って店長や売り場担当者と交渉して、できるだけ売れそうな場所に並べてもらう。
 そんな経験から言えるのは、配本(書店に本を送る)まではシステムで動くが、そこから先は書店(員)次第ということ。
 一冊でも多く売りたい書店(員)が、素人本を絶好のポジションに置いてくれるはずないのは、ちょっと考えれば分かることだ。 

◆契約書届いて腰抜かす 
 この話はどうやら共同出版と呼ばれるものらしい。
 完全な自費出版ではなく、商業出版との中間あたりの共同出版。

 私はYさんに言った。
 とにかく早く契約を交わした方がいい。
 本来、最初にやっておくべきことだが、それを今言っても始まらない。
 おそらく、出版社側から送られてくる契約書(案)には、著者が何百冊を引き受ける(自費購入する)という条件が付けられているはずだ
 定価はいくらか。
 上製本か並製本か。
 紙はどんなものを使用するか。
 著者印税は発生するのか、その場合何パーセントか。
 返品(売れ残り)をどう処分するか。
 等々、すべてが書かれているはずだ。

 さて、昨日。
 出版社側の契約書(案)が届いたとYさんから連絡があった。
 案の定、「著者は定価の8掛けで500部を買い取る」という一項があった。
 定価は1500円と言うから(1200円×500部)で60万円。
 えっー、聞いてないよ。
 って、最初に聞かないほうが悪いんだよ。

 大企業OBとは言え、今は無職の年金暮らしには厳しい金額だ。
 まあ、1200円で買い取り、定価1500円で400部売れば収支トントン、500部売り切れば15万円の利益が出るわけだが、そんなに知り合いいる?
 年賀状の枚数でも数えてみてよ。
 現役世代ならいざ知らず、仲間はみんなリタイアしてるんだよ。
 鬼籍に入った人も大勢いるでしょう。

 で、さらに悪いことに、最初の段階で仲介に入ったライター兼編集者みたいな人に手付のような形ですでに40万円を現金で払い済みだというではないか。
 つまり、この出版には差し当たり100万円の出費が必要だったのだ。
 この金額はまあ妥当なものだが、書店での売り上げはほとんど期待できないから、自力でどこまで売れるかという話になってくる。
 もっともYさん自身、これで一儲けとは最初から思っていないだろうから、人生の祈念碑のために50万、100万を投じたと考えれば、それはそれでいいのかもしれない。

◆自費出版をお考えの方へ
 私は今の仕事になってから、何人かの先生方の出版をお手伝いしたことがある(もちろん有料で)。
 先生方というのは、ちゃんとした日本語が書ける人たちなので、文章の手直しが少ないので助かる。
 私の役目は、構成(章立て)や小見出しを考えてあげることや、出版社や印刷会社との交渉ごとを代行してあげること。
 自ら「本を出しませんか」と営業かけるようなことはせず、頼まれたら引き受けるという程度だが、最近はほとんどオーダーがない。
 知り合いがどんどん減っているからだろう。

 というわけで、これから出版をお考えの先生方。
 年をとって原稿読むのがだいぶしんどくなってきたので、出版自体のお手伝いは難しいかもしれないが、ちょっとしたアドバイスくらいはできると思うので気軽に相談してもらいたい。
 手前みそだが、私の持っているのは経験から得た知識だから結構役に立つと思う。